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カフェでデート?

 マシュに先行されながら連れてこられたのは、こじゃれたカフェだった。チェーン店ではなく、個人で営業している知る人ぞ知る店のようだ。ターゲット層であろう学生や会社員が本業に勤しんでいる時間帯にも関わらず、店内の半分くらいの席は埋まっている。レンガ造りの洋風な装丁で、異国へ来たような錯覚に陥る。


 刹那が内装をあちこち観察していると、マシュがさっさと席に座って手招きをした。

「あんた、よくこんな店知ってたわね。まさか、本格的な喫茶店に来るとは思ってなかったわ」

「逆にどこに連れていくと思ったのさ。これでも人間のことは勉強してるんだからね」

 ふんすと胸を張る。あまり強調してほしくないところが出っ張るのでやめてほしい。ともあれ、央間市に長年住んでいる刹那が知らない店を知っているとは、この魔法少女、なかなか侮れない。


「ご注文はお決まりでしょうか」

 妙齢の男性が一礼して訊ねてくる。白髪交じりの毛色はそのままこの店の歴史を表しているようだ。

「えっとね、エスプレッソシュガーミルクマシマシアツメコイメで」

「ラーメン屋じゃないんだから、そんな注文受け付けてないでしょ。普通にエスプレッソを頼みなさいな。私はコーヒー、ブラックで」

「かしこまりました」

 店員は苦笑しながらメニューを下げる。少しでも感心したのがバカだったと刹那は後悔する。

「あ、あと、スペシャルパフェも追加で」

 大仰に手を振るマシュ。帰ってもいいかと刹那は本気で考えたぐらいだった。


 入店五分足らずで既に頭痛に襲われている刹那をよそに、マシュは変な鼻歌を歌っている。これはさっさと本来の目的を達しないと割に合わない。

「それで、単刀直入に聞くけど、私と友達になってどうするつもり。返答次第ではここで叩き斬ることも辞さないわよ」

「物騒だな。別に深い意味はないってば。前々から友達が欲しいなって思ってただけ」

「疑わしいわね。大体、どうして人間を襲うの」

「それは魔法少女に依る、かな。私は人間を襲うつもりはないよ。変なことをするなら別だけど」

 予想外の答えに、刹那は二の句が告げなくなる。いや、真の目的は隠しているのかもしれない。これまで散々人間社会を混乱に陥れておいて、人間を襲うつもりはないなんて詭弁もいいところだ。


「それよりもさ、せっちゃんは他の人間と比べると強いんだね。やっぱり鍛えてたりするの」

「特殊な訓練は受けているわね。少なくとも、そこらの一般人よりは強い……って、私のことはどうでもいいのよ」

「いいじゃん。もっとせっちゃんのこと知りたいし」

「そのせっちゃんってのやめてくれない。刹那と呼ばれたほうがまだマシだわ」

「分かったよ、せっちゃん」

「あんた、わざとやってるでしょ」

「せっちゃんはね、刹那っていうんだ本当はね」

「ぶっ殺すわよ」

 童謡の「さっちゃん」の替え歌を披露された折には、本気で倶利伽羅丸を所持していないことを悔やんだ。


 マシュのあまりにくだらない話にしぶしぶ付き合っていると、湯気の立つコーヒーと専用グラスに山のように盛られたパフェが運ばれてきた。色とりどりのフルーツで見目鮮やかだが、生クリームの暴力に胸やけがしそうだ。

 刹那がコーヒーをすする傍らで、マシュは一心不乱にパフェを頬張っている。大食いタレントの食事風景を生で見ているかのようだ。

「魔法少女も普通に食事するのね」

「いや、別に食べないでも平気だよ」

 なんの気なしに放った疑問だったが、予想外の答えが返って来た。あやうくコーヒーでむせそうになる。


「絶食しようと思えば絶食できるし。これは趣味で食べてるだけ」

「まさか、人を食べたりしないでしょうね」

「カニバリズムの趣味はないよ。私たちを何だと思ってるのさ」

 行儀悪くグラスをスプーンで叩いて抗議している。カニバリズムなんて教養があったことが意外だったのだが、それはどうでもいい。


「ついで言うと、寝ないでも平気かな。前に一か月ぐらい不眠で過ごしたことがあるよ」

「人間なら普通に死ぬわよ。本当に化け物じみてるわね」

 うっかり素直に感心してしまった。食事や睡眠の必要性がないのなら、疲労で殺すことはできなさそうだ。はて、どうしたものかと、刹那は底が尽きかけているコーヒーをすする。


 じっくりとマシュを観察していたのを勘違いしたのだろうか。前触れなく、刹那の目の前にスプーンが差し出される。そこには生クリームがたんまり載せられていた。

「どうしたの、いきなり」

「いや、食べたいかと思って」

「そこまで卑しくないわよ」

「遠慮しなくていいのに。それとも気にしてる」

「何を」

「間接キスになるって」

 刹那は盛大にむせた。マシュはケラケラと笑い転げている。


「冗談抜きでぶっ殺すわよ」

「おお、怖い。うーん、いらないか。ここのパフェ、けっこう美味しいのに」

 なんやかんやで半分以上平らげていた。カロリーの権化を躊躇なく食い尽くして、スレンダーな刹那より、ややぽっちゃりの体型を維持していることが奇跡だ。もしや、余計な脂肪はすべて胸に行っているのだろうか。


 とりあえず、コーヒーを飲んで落ち着こう。刹那はおもむろにカップを取って口をつける。すると、妙な食感に襲われた。刹那が頼んだのはブラックコーヒーのはず。なのに、どうしてこうも甘いのだ。それに、心なしか量も復活しているような。

「ああ! 私のエスプレッソ! 勝手に飲んじゃダメだよ」

 刹那はすぐに吐き出そうとしたが、流石に公衆の面前でそんなはしたない真似はできない。

「もう、なんやかんや言って、間接キスしたかったんじゃん」

「そんなわけないでしょ! っていうか、これ何よ。エスプレッソというか、カフェオレ、いや、単なるミルクになってるじゃない」

 コーヒー由来の黒色がかろうじて残っていたのが奇跡なぐらい、ミルクやらシュガーが投入されていた。マスターはマシュの冗談のような注文を忠実に再現したのだろうか。


 妙な物を飲んだせいで口の中が甘ったるくて仕方ない。マシュは何食わぬ顔でパフェを食い尽くさんとしている。チョモランマ並みに盛られていたはずが、公園の砂山ぐらいになっていた。

 このままではろくに情報を得られないまま、マシュにからかわれた挙句、間接キスをして終わることになってしまう。せめて、あのことだけでも確かめておかなくては。

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