魔法少女の正体
作戦の翌日。刹那は純子に呼び出されていた。彼女には個別に調べてもらいたいことがあったので、その成果が出たのだろう。例の暗号とともに自室へと入る。
「やあ、昨日はお疲れだったようだね」
「いろいろな意味で疲れたわよ」
言うが早いか机の上に顎を乗せる刹那。原田の件はどうにか誤魔化したものの、車はどうにもならなかった。長官から「破壊されるのは想定のうち」と擁護があったが、目は笑っていなかった。さりげなく次の報酬金から天引きされていそうである。
ただ、問題は魔法少女ターボババアについてだ。純子はさっそくとばかりにパソコンを操作する。
「まず、原田巧についてだけど、やっぱり懸念していたような男だったかい」
「なんか日本語文法的におかしい気はするけど、その通りだったわ」
そう言って、画面に表示されていた記事に目を移す。それはとある交通事故を報じるものだった。
帰宅途中の女子高生が乗用車にはねられる。運転していた大学生を自動車運転過失致傷の疑いで逮捕。新聞の地方面の片隅に掲載されていそうな、ごくありふれた事故であった。
「嫌疑は過失致傷だが、後に女子高生が死亡したから、過失致死に切り替わったかもしれないね。まあ、そこはさしたる問題ではない。ボクたちが気にするべきはここだろ」
純子が指し示した一点。それこそ、原田を警護するべきかで心が揺らいだ最大の要因である。
この事故で逮捕された大学生。それこそが原田巧だったのである。
「不注意による事故だから、確かに故意に起こしたものではない。けれども、あの様子だと反省している様子はないわよ」
内心では猛省していたのかもしれぬ。けれども、刹那たちに覗かせた態度からして、そんな愁傷な心がけをしているとは思えなかった。あのままターボババアの好きにさせても罰は当たらなかったのではないか。
「この事故に関して示談が成立したとの話もないし、これから裁判が行われるだろう。まあ、状況的に執行猶予付きの有罪判決というところかな。そうなれば、少しは意識が変わるだろうよ」
「だと、良いのだけれど」
刹那は表情を曇らせる。こればかりは彼女たちの力でどうこうできる問題ではない。然るべきところで、彼には反省してもらうしかあるまい。
話題がこれだけであれば、刹那が改めて純子の部屋に出向くことはなかった。実のところ、ターボババア討伐作戦前に原田が事故の犯人というのは掴んでいたからである。問題はこの先だ。
「それで、もしかしてと懸念していた被害に遭った女子高生についてだね。こいつは調べ上げるのに苦労したよ。この手の事故の被害者の実名は報道されないからね。久しぶりに裏の手を使うこととなった」
「裏の手ってまさか」
「こういう情報操作をしているとね、探偵とかその筋の輩と連絡網ができるのだよ」
「あんた、そのうち消されるわよ」
あきれ果てるものの、純子は不敵に笑みを浮かべるばかりだった。彼女は絶対に敵に回してはならない。そう決心させるに十分であった。
閑話休題。純子はパソコンを操作し、調査報告書を立ち上げる。
「調査の結果だが、被害者の少女は村上葵という名だと分かった。あとは、事故が発生した現場を鑑みれば、特定個人を突き止めるのは容易い。もちろん、顔写真を入手することもね」
「事もなげに言ってるけど、普通は顔写真なんていとも簡単に手に入れられないわよ」
「そうでもないさ。不適切動画でそこらのガキが炎上した時を思い出してもみろ。あいつらの顔写真なんて、卒業アルバムなんかで簡単に出回るぞ」
その指摘に妙に納得がいった。義務教育を受けている以上、卒業アルバムという個人の顔立ちを残す手段が存在しているのだ。名前と出身学校さえ分かれば、どんな顔立ちか特定するのは容易ということである。
そして、純子も例に漏れず被害者村上葵の顔写真を入手したわけだが、そこでマウスを操作する指が止まった。
「この写真を入手した時はボクも魔法少女ターボババアの容姿について知っていたからね。正直、戦慄が走ったよ。断言するけど、魔法少女についての認識が大きく変わるかもしれない。刹那、君にその覚悟はあるかい」
緊迫した表情に、刹那は気おされそうになる。だが、
「今更どんな情報が来ようと構わないわ。あいつらのことを知るためだもの」
一切の躊躇がない断言に、純子は息を吐く。そして、村上葵とされる者の顔写真を開いた。
途端、刹那は激しく後悔することとなった。実のところ、一つの仮説を立てていたのだ。
魔法少女ターボババアは原田巧が起こした事故によって死亡した少女と密接な関係を築いていた。彼女の死をきっかけに、無念を晴らそうと原田を狙っていた。
人間と魔法少女が交流を持つのは刹那とマシュで前例がある。いや、タイミングによってはこっちが先かもしれぬ。それに、この説であればターボババアが執拗に原田を狙う理由にも納得がいく。
だが、刹那の説は根底から覆された。確かに、この説でも道理はまかり通る。しかし、魔法少女の存在について、大きく揺るがす結果となったのだ。
「まさか、そんなはずは」
「ボクだってそう思いたいよ。でも、現場で見てきた君なら、断言せざるを得ないだろう」
もはや、どう誤魔化しても効かない状況だった。これはもう認めるしかない。
魔法少女ターボババアと事故の被害者村上葵。両者は同一人物といっていいほど瓜二つだったのだ。
「この村上葵って子が双子だって可能性もあるじゃない。もう一人が私みたいに魔法少女になったとか」
「その線もありうるけど、残念ながら村上葵には兄弟すら存在していない。いわゆる一人娘だ。他人の空似にしてはあまりにも似すぎているだろう。ドッペルゲンガーというオカルトを持ち出せなくはないが、さすがにこの事実を受けいれる方が現実的じゃないか」
自分とそっくりの人物が世に三人はいるというが、そいつが近所で魔法少女として暴れ回っているなど、とんだ三文芝居だ。それに、ドッペルゲンガーを信じるぐらいなら、この事実を信じる方がマシではある。
これは六花たちに知らせなくてよかった。刹那は胸に手を当て、今しがた認識した事実を反芻する。
「魔法少女は死人がベースになっている」




