ベルの介入
テミスはすかさず錫杖で防御した。やっていることはマシュと連携で攻撃してきた時と同じだ。パターンからして刹那と同一の存在だと認識できる。しかし、勢いが別次元だ。
テミスの錫杖は特殊素材で製造されており、彼女の肉体よろしくそんじょそこらの武器を受け止めたところで傷一つつかない。なのに、ミシリ、ミシリと嫌な音を立てているのである。だからといって武器を捨てて徒手空拳で挑むのは愚策だ。
刹那が勢い任せに剣を振り下ろしたのに合わせ、テミスは両手で錫杖を握って掲げる。その柄に剣が命中し、真っ二つに錫杖を切断した。
自慢の武器を破壊されてはうろたえるのが普通。しかし、テミスは逆に好機ととらえた。折れた錫杖を刹那へと投げつけたのだ。目標は顔面。生物である以上、眼球を狙われたら防御に転じざるを得ない。
刹那もまた術中にはまり、人間の手が残っている左手で錫杖のかけらを振り払う。その一瞬、テミスはもう片割れの錫杖を刹那の胸に突き刺した。
ささくれ立った錫杖を刺されたら、並みの人間ならそのままお陀仏だ。しかし、刹那は意に介した様子はない。いや、ダメージを受けているのかすらも怪しい。
瞠目するテミス。それは二重の意味でだった。テミスの右胸に剣が刺さっていたからだ。
肉を切らせて骨を切る。テミスが得意とする戦法だが、皮肉にもそれを返された。刹那が剣を引き抜くと、たらりと流血する。幸いにも胸当てに阻まれたため、思ったより傷は浅かった。なのに、流血した。手にべっとりと鮮血がこびりついている。
しばし茫然としていたテミス。すると、大口を開けるとペロリと鮮血を舐める。
「なるほど。そう来なくてはな」
武器を失ったというのに、喜々として刹那に飛び掛かろうとする。刹那もまた剣を構えて迎え討つ。
両者が激突する。そう思われた直前、辺り一帯に荘厳な鐘の音が響いた。あまりにも場違いな音色に刹那は動きを止める。自我は不明ではあるが、本能が警鐘を鳴らしたのだ。
そして、テミスは自発的に停止した。先ほどまで有頂天だったのに、一転して額から汗が伝う。
「何をしているのですか、テミス」
柔らかそうだが、冷笑を交えた声音。テミスは酸欠の金魚のように口を開閉している。
一体どこから介入してきたのか。テミスとの戦闘に集中していた刹那はもちろん。戦況を俯瞰できたはずのマシュもその存在に気が付くことができなかった。
再び鐘の音が鳴らされる。戦地だというのに、その歩みは非常にゆったりとしていた。物見遊山にでもしに来たかと勘違いさせるほどだ。そして、その格好も場違いである。一言でいえば修道女だった。
「べ、ベル様」
先ほどまでの威勢はどこへやら。テミスはわなわなと慄いている。マシュもまた動けずにいた。その気になれば奇襲できそうだが、それを許さない雰囲気が漂ってきたのだ。
唯一、そんな雰囲気が通じなかったのが刹那だった。無言のままベルと呼ばれた修道女へ切りかかる。
「おだまりなさい」
そう呟き、体の重心をずらす。ほんのわずかな機動だけで刹那の斬撃は空を切る。もちろん、一撃だけで終わるはずはない。追撃がベルを捉える。
しかし、ベルは手拍子を打った。何気ない所作に刹那は怯む。その一瞬に掌底を叩きこまれたたらを踏む。
相撲でいうところの猫だましという手法だった。不意を突かれただけで大した傷は無い。とはいえ、暴走する刹那を涼しい顔であしらったのだ。観戦していたマシュは呆気に取られていた。
なおも刹那は反撃を試みる。息をつく暇のない剣の応酬。そのすべてがいとも簡単に躱されていく。もはや、動体視力が優れているだけで片付けられない領域であった。
それでも、攻撃に転じなければ勝負を決することはできない。そう思われたのだが、ベルは刹那の動きを確認したうえでテミスに目配せする。ほんの一瞬のウィンク。それだけでテミスは破壊された錫杖を握ると、刹那の胸に突き刺したのだ。
前回繰り出したものと同じ一撃。もちろん、致命傷には至らない。しかし、刹那は天を仰いだかと思うと、そのまま仰向けに倒れたのだ。
「せっちゃん!」
マシュが駆け寄る。おろおろとしている彼女にベルは微笑みかける。
「心配には及びません。彼女には眠ってもらっただけです」
いわば、気絶させたということだろう。刹那が急襲してきた勢いを利用して昏倒させる。意識してやったのかどうか定かではないが、只者ならぬ所業だった。
刹那が倒されたことでマシュは自然と身構える。だが、ベルが向かった先はテミスだった。
「さて、どういうことか説明してもらいましょうか」
「ベル様、決して命令違反は犯していません。こやつらの実力を確かめていただけ。戦っていたというなら、あちらから仕掛けてきたのです。そう、人間でいうところの正当防衛というやつです」
「あなたから攻撃するようにけしかけたのではありませんか」
やんわりと図星となることを指摘され、テミスは二の句が告げなくなる。なんとか反論の糸口を探しているようだが、追撃とばかりにベルは真っ二つになった錫杖を指差す。
「それに、これは誰が修理すると思っているのです。前にもありましたよね。あなたは、どのくらい物を粗末にしたら気が済むのですか」
「い、いえ、これは、仕方なしに」
「お黙りなさい」
口調は朗らかなのに、雷親父が恫喝しているよりも迫力がある。事実、茶々を入れてもおかしくないのにマシュはだんまりを決め込んでいた。
ベルは横目でターボババアの様子を確認する。怯える原田の手前。六花たちが放った銃弾により手を伸ばして倒れ伏していた。その有様を前にベルは手を合わせる。
「なんとむごいことを。この者は志半ばで倒されてしまいましたのね。ああ、罪深い」
「だ、だって、この魔法少女は人間を襲おうとしてたんだよ。だったら、守るためにこうするのは仕方ないじゃん」
「マシュ。あなたはそれが正義だとお思いですか」
諭され、マシュは返答に窮する。テミスからも問われたことだった。本当に魔法少女ターボババアは倒すべき相手だったのか。
「よもや、忘れたわけではありませんね。人間が私たちに何をしたのか」
「なんか聞いたことあるけど、人間が何をしたっていうのさ」
「ああ、嘆かわしい。あの所業を忘れるとは。いや、忘れてしまうほどつらかったと言いますか」
大げさなまでに打ちひしがれる。デッドリーパーも似たようなことを話していたが、マシュには本気で心当たりがなかった。人間に憎悪を抱いてしかるべき所業など受けた覚えはない。
「新たな魔法少女ッスか」
声を張り上げたのは六花だった。ターボババアとの決着をつけたことで刹那に合流しに来たのだ。
そのため、真っ先に目撃したのは倒れ伏している刹那だった。状況的に犯人は明らかだ。
「よくも先輩を。許さないッスよ」
六花はライフル銃を構える。だが、
「お黙りなさい」
相も変わらずやんわりとした口調だが、催眠術にでもかかったかのように六花は腕を下げる。ベルは片手を広げてターボババアを指し示した。
「あなたがあの魔法少女に危害を加えたのですね」
「そ、そうッスが」
「なんとむごいことを。この方は恨みを晴らそうとしていただけですのに」
「恨みって何のことッスか。人間を攻撃してきている以上、こうするしかないッス」
「それが正義とも言いたいのですか。ならば浅はかと言うべきですね」
テミスにも指摘されたことだった。言い返せずにいると、ベルは六花へと歩んでいく。
「りっちゃんをどうするつもり」
「別にどうもしません。と、言いたいところですが、少しお灸をすえても罰は当たりませんね。あなたはやりすぎました」
マシュが六花を庇うように両手を広げる。しかし、ベルの歩みは止まらない。刹那を軽くあしらった相手だ。六花とタイマンするつもりならば、結果は火を見るよりも明らかだ。
見てくれだけならば無害そうな修道女だ。だが、六花にも戦闘の修羅場を潜り抜けてきた経験がある。それが訴えかけているのだ。まともにやりあえるような相手ではない。
「待ちなさい!」
ベルの歩みを止めたのはその一声だった。よろめきながらも立ち上がった刹那はビシリとベルを指差す。
「六花を襲うつもりならば許さないわよ。あんたの相手は私でしょ」
「あらあら、もう目覚めましたか。随分とお早いですね。それに」
言葉を切ってベルは首を動かす。刹那のみならず、マシュ、そして詩亜もベルを睨んでいた。絵にかいたような四面楚歌に肩をすくめる。
「どうやら、私の方が悪者みたいですね。いいでしょう、テミス。この場は引きますよ」
「し、しかし、ベル様」
「言い訳は結構です。元々、彼女らと刃を交えるつもりはありません。あくまで挨拶をしに来ただけです。彼女らを倒すというのならば、日を改めても遅くはないでしょう。そう、日を改めても、ね」
最後の言葉は戦慄を覚えるに十分だった。挨拶に来たというのは嘘ではないだろう。ならば、本気で来られたら幾程の被害が出るか。
ベルは懐から鐘を取り出すと、チリンと鳴らした。
「Ring a bell。あなた方にも祝福がありますように。またいつかお会いしましょう」
大した予備動作もなくベルは大きく跳びあがる。たちまちその姿は闇へと消えていった。
テミスもまた後を追おうとする。だが、彼女を捉える一つの視線があった。
「テミス」
「ほう、貴様か」
睨みつけていたのは詩亜だった。その声音はいつものおどおどした態度からは考えられないほど憎悪に満ちていた。
「いずれ我も過去を清算する日が来るやもしれん。だが、それは今ではない。今日のところは引かせてもらうぞ」
詩亜が手を伸ばしたが、それが届くことはなかった。海風が吹きすさび、彼女らの髪をなびかせた途端、テミスの姿もまた闇夜にまぎれてしまったのだ。




