決着と決意
「言い方が悪かったッスね。私の手を通してライフル銃を撃ってほしいんス」
「えっと、つまり、二人で一緒にライフル銃を撃つということですか」
六花は首肯する。彼女の思惑は以下の通りだ。詩亜が暴走するスイッチは武器に触れた時。ならば、武器に直接触れなければ暴走することはないのではないか。なので、六花がライフル銃の引き金を引き、詩亜が六花の手を通して狙いを定める。詩亜が触れているのはあくまで「六花の手」だ。仮定が正しければ、平生を保ったままターボババアを倒せる。
ただ、リスクもあった。本来一人で扱う武器をわざわざ二人がかりで扱うのだ。煩わしくて狙いを外す可能性が高い。それに、六花の方法で詩亜が暴走しないという可能性もゼロではないのだ。
逡巡している時間はない。ターボババアは車の寸前にまで到達しようとしている。六花の真摯な眼差しに詩亜は息を呑む。正気の沙汰とは思えない作戦だった。仮に自我を失った場合、最も危機に晒されるのはゼロ距離にいる六花なのだ。それを承知の上で提案しているのか、あるいはその場のノリか。
迷いはあった。けれども、予断が許されない状況。そして、六花の想いを無碍にするわけにはいかない。
「やって、みます」
ライフル銃を握る六花の手の甲に詩亜はそっと手のひらを重ねる。胸の内から臓器を焼き焦がすような衝動が湧き上がってくる。鈍器で殴られたかのように頭に激痛が走る。油断すると気を失いそうになる。武器を握るたびにこんな衝撃に襲われていたのか。今までは自覚する暇もなかった。
六花の仮説は正しかったのだろう。詩亜はぐっと歯を食いしばる。ターボババアは原田に接近しようと躍起になっている。六花たちに無防備に背を向けている今こそ最大のチャンスだ。
眩暈に襲われた直後だというのに、詩亜の視界はやたらとはっきりしていた。まるで、そうするのがさも当然のようにライフル銃を持ち上げる。
「撃って」
詩亜は六花へと短く指示を飛ばす。間髪入れず、一発の銃弾が放たれた。硝煙が上ってから命中するまでは幾何もない。未だ酩酊に襲われているのに、詩亜は六花の手を放そうとしない。いや、放すことができなかった。銃弾の行く末を気にする自意識とせめぎ合っているのだ。
本来であれば、ターボババアの手によって原田が蹂躙されているだろう。それを六花たちが為すすべなく爪をかんで諦観していたはずだ。
だが、ターボババアは前のめりに倒れた。半壊しているドアにしなだれかかる。
「やった、ッスか」
ライフル銃の大元を握っている六花の力が緩んだことで、銃は音を立てて地面に転げ落ちる。ターボババアは車に半身を預けたまま微動だにしない。
六花はライフル銃を拾い上げると、ゆっくりと魔法少女へと近づく。至近距離でようやく胸を貫いていることを視認できる。素人目でもそこが心臓であることは一目瞭然だ。
直近で心臓を撃たれても死なない魔法少女が出現したので油断はできない。それでも、確実に心臓を損傷させている以上、戦闘続行は不可能だろう。
六花と詩亜は背中合わせで腰を下ろした。目標とした魔法少女は討伐した。けれども、達成感はなかった。それというのも、テミスからの言葉がしこりを残しているからだ。
「本当に良かったッスかね」
その問いに答えてくれる者はおらず、疑問は空へと消えた。
テミスと対峙した刹那はじっと間合いを推しはかっていた。相手は同じく接近戦用の武器を有している。まずはつばぜり合いに持ち込むのがセオリーだ。ただ、相手の力量が未知数だ。真っ向からぶつかって押し負けたら元も子もない。
そして、テミスの態度も妙だった。先ほど交戦の意思を示したものの、実際に刃を交えようとはしない。それどころか、懐を開けて仁王立ちしている。相手の思惑を察するなら挑発だろうか。下手に踏み込めば十中八九カウンターが飛んでくる。
相手の真意がどこにあるのか。いくら考察してもらちが明かない以上、刹那の行動は一択だ。
「覚悟しろ、魔法少女!」
威勢よく倶利伽羅丸を振り上げる。無防備の相手に後れを取るような刹那ではない。すれ違いざまに袈裟懸けを繰り出す。
両腕に確かな感触が伝わる。あっさりと命中したことで逆に違和感を拭い去れなかった。それに、危惧していたカウンターも飛んでこない。よもや、口先だけの相手だったのか。
そんな希望的観測は未だ健在のテミスを前に粉砕された。攻撃を受けているはずなのに傷一つ負っている気配がない。腰に手を据え、足を踏み鳴らす。
「感謝するぞ、神崎刹那よ。これでそなたと戦う大義名分ができた」
「訳の分かんないこと言ってんじゃ」
刹那の言葉は途切れることとなる。テミスが肉薄してきたのだ。とっさに倶利伽羅丸を構え、錫杖とかち合わせる。
急接近する気配を感じさせないとは。などと感心している暇はなかった。錫杖の連撃により刹那はガードレールへと追い込まれる。防御するので手いっぱいで反撃の糸口がつかめない。
「その程度か。あまり失望させてくれるなよ」
喜々として得物を振り回すテミス。そんな憎まれ口にも対応できる余裕はない。そもそも、防御できている時点でおかしいのだ。テミスの乱打は常人が複数人で袋叩きにしているぐらいの勢いはある。これまた常人であれば、とっくの昔に全身ズタボロにされていてもおかしくはない。
どうにか反撃の糸口がつかめないか。とにもかくにも防御に徹していると、ふとテミスの攻撃が途切れた。正確には、途切れさせただろうか。なぜなら、両者の間にマシュの触手が介入したからだ。
「あくまで邪魔立てするか、マシュ」
テミスが錫杖を一振りしただけで、マシュの触手が細切れにされる。普段ならここで憎まれ口の一つでも叩くはずだが、なぜかだんまりを決め込んでいる。触手自体はすぐに蘇生し、テミスの周囲を漂っている。
錫杖を片手に、テミスは一気に踏み込んでくる。触手を主力にしているため、逆に近距離は弱い。一瞬で相手の特性を見抜く慧眼は敵ながらあっぱれだった。
すぐさま触手を引っ込め、どうにか錫杖を受け止める。しかし、刹那ほど器用に立ち回ることができず、あっという間にのど元に錫杖を突きつけられてしまう。
「そなたは魔法少女であろう。我らの仲間になるというのならば見逃してやってもよいぞ」
「確かに、君とは戦いたくないかな」
「マシュ、あんた」
刹那は声をあげる。命の危機に裏切るつもりか。テミスと共闘という最悪の展開になったら、それこそ全滅は必至だ。
しかし、マシュは突きつけられた錫杖を握り返す。眉をひそめるテミスにマシュは口角をあげる。
「でも、私は友達であるせっちゃんの味方だかんね。せっちゃんをいじめるっていうなら、容赦はしないよ」
「愚かな。人間風情に肩入れするか」
テミスは錫杖を振り払った。その勢いでマシュはたたらを踏む。舌打ちしたテミスは足を踏み鳴らした。
「貴様の意思は分かった。あくまで決別するつもりなら、二人まとめて片付けてやろう」
宣戦布告を受け、マシュは刹那に寄り添う。口にせずとも共闘しようというのは明白だ。




