ターボババアとベルとテミス
ファミレスを後にし、原田が住んでいるというアパート近くで刹那たちは別れる。央間市に戻るために駅へと向かう傍ら、話題となったのはやはり原田についてだった。
「どう思うスか、先輩。あの人、そこまで悪くなさそうッス」
「そうだね。ピザをご馳走してくれたし」
「あんたは餌付けされてるだけでしょ。現状だと何とも言えないわね。魔法少女ターボババアとどんな関係があるかはっきりしたわけではないし」
当人が魔法少女と出会ったことがないと言っているのだ。ターボババア側が一方的に恨みを募らせている説も捨てきれない。
「詩亜っちはどう思うッスか」
「え、えっと、なんでしょう、いまいち信用できない、というか」
彼女にしては意外な発言だった。差し当たりのないことを言いそうだったのに、刹那ですら不意を突かれたぐらいだった。詩亜と原田では全くタイプが違う故に相いれないということもあるだろうが。
「まあ、すべては作戦の日にはっきりするわ。それまで念を入れておかないとね」
「えっと、また、あれをやるん、ですか」
「詩亜っち。先輩と一緒にいるなら、このくらいは覚悟しとくッスよ」
「大丈夫だよ、骨は拾ってあげるから」
「マシュさん、余計に、心配です」
刹那が詩亜の協力の元やろうとしていることなど、火を見るよりも明らかだった。作戦決行は週末の夕暮れ。一週間も半分以上が過ぎていたが、その残りを消化するのがもどかしいと感じた一同であった。
人々が寝静まった夕闇。野生動物すらも沈黙を貫く静寂を轟音が引き裂いた。「どこだ、どこだ」と怨嗟に満ちた声を漏らしながら、ひたすらに国道を爆走していく。
ふと、道の真ん中に二人の人影が立ちふさがっていた。高速で接近してくる物体があるにも関わらず、一切回避する素振りがない。
傍若無人な佇まいに、その少女、ターボババアの方がブレーキを踏むこととなった。
「そんなに急いでどこへ行きますか」
「違う」
「貴様、ベル様の質問に答えろ」
「血の気が多いのはよくないことですよ、テミス」
錫杖を突きつけたテミスをベルは窘める。穏やかな口調ではあったが、テミスは素直に武器を引っ込めた。
「どこだ、ハラダタクミ」
「まだ見つかりませんか。ですが、ご心配なく」
懐から鐘を取り出し、チリンと鳴らす。
「Ring a bell。あなたにまもなく祝福が訪れるでしょう。あなたの心の赴くままに走りなさい。さすれば、道が開きます」
「どこだ、どこだ」
「こやつ、ベル様のお言葉を分かっているのか」
テミスが眉根を寄せる。すると、ベルが微笑みかける。
「言葉は重要ではありません。大切なのは真心が届くかどうかです」
ターボババアは押し黙ってベルを見つめる。そして、迂回しつつその場を過ぎ去っていった。
暗闇へと消えていく車輪の魔法少女をベルとテミスはいつまでも見送る。そして、テミスは大仰にため息をついた。
「我らが同志を悪く言うつもりはないが、あやつに肩入れして良かったのですか。それほど力があるとは思えないのだが」
「わたくしはすべての魔法少女の味方です。魔法少女には等しく祝福を受ける権利があります。それに、あの方に期待しているのは人間の殲滅ではありません。障壁となりうる、かの人間の見極めです」
「と、いいますと」
「神崎刹那と言いましたか。彼女を滅すべきか、否か。それを確かめるのにちょうどいいのです」
「あやつも人間である以上、有無を言わさず倒すべきだと思いますよ」
「いいえ。愚かなる人間と同じ轍を歩むわけには参りません」
「ベル様がおっしゃるなら仕方ありませんが。それにしても、あの魔法少女がそれほどの逸材とは」
「あら、話していませんでしたか。あの方の過去を」
そう言って語られた車輪の魔法少女ターボババアの過去。それは、テミスの疑念を一瞬にして払拭するほどであった。悪だくみするように頬を緩ませ、錫杖を鳴らす。
「なるほど、面白い。それならば、刹那なる人間の器を知ることもできますね」
「Ring a bell。ついでにテミス、あなたの胸の内も当てておきましょうか。この戦いの結末を見届けたい、でしょう」
「さすがはベル様」
胸を抑えるテミス。ベルは手持ちの鐘をチリンと鳴らした。
「あやつらに戦いを挑まない。その約束が守れるのでしたら、同行しても構いませんよ」
「身の程知らずに戦いを挑んできたらどうしますか」
「死なない程度にお仕置きしておやりなさい」
「御意」
テミスは一礼すると、ターボババアの後を追うように闇夜へと消えていった。
残されたベルはゆっくりと夜空を見上げる。月は半分に欠け、半端に光り輝いていた。それはそれで風情とでも言いたげに笑みを浮かべる。
興覚めしたのはクラクションを鳴らされたからだ。もっとも、道路の真ん中で佇んでいる方が悪いのだが。
車は急ブレーキをかけるが、その時には既にベルの姿はなかった。運転手は「おかしいな」と髪の毛をむしり掻きつつ、再度アクセルを踏み込んだ。一瞬で街灯の上に飛び乗ったベルは眼下の愚者に冷笑を浴びせるのだった。




