予想外の攻撃
注意をそらされたことに対する自覚はあるのか、バーニングレッドは明確にマシュに狙いを定めている。相も変わらず「燃やす」の一点張りに、マシュはお手上げのポーズをとる。
「燃やすだけじゃ分からないよ。きちんとお話しないと」
「燃やす」
ついに、マシュへと炎が放たれた。斜に構えていたせいで、全くというほど防御行動がとれていない。
刹那が声を上げるよりも前に、火球はまともにマシュへと命中する。さすがに大やけどは免れない。あまりに予想外の展開ではあるが、敵同士で潰しあってくれたのならめっけもんだ。
しかし、煙がはれるや、煤で汚れたドレスを払うマシュが健在だった。攻撃を受けたことは間違いないのだが、反応は「あっついなー」だけである。
「隊長、どういうこと。あの魔法少女、炎が効いてないの」
「いや、ダメージは受けているはず。おそらく、恐ろしいほどの再生能力で火傷を治したんだわ。魔法少女は自己再生能力が高いとは聞いているけど、全身大やけどほどの傷を一瞬で治せるなんて異常よ」
疑問視する隊員に、永藤は冷静に状況を分析する。もちろん、内心では動揺していたことは言うまでもない。
さすがに自慢の攻撃が不発に終わったとあり、バーニングレッドはうろたえている。そんな彼女の体が少しずつ浮き上がる。マシュが触手で腕をからめとり、ゆっくりと持ち上げたのだ。
「いきなり攻撃する悪い子にはお仕置きしないとね」
バーニングレッドは触手をほどこうと四苦八苦するが、がっしりと巻き付いたそれはちょっとやそっとでは剥がれそうにない。
為されるがままにバーニングレッドの体は数十メートル上空に浮かぶ。そして、マシュは拘束したまま地表へと思い切りバーニングレッドを叩きつけた。
要領としては命綱なしでバンジージャンプをするようなものだ。しかも、マシュの膂力により、普通に飛び降りた以上の加速度が加わっている。
おおよそ人が地面に叩きつけられたとは思えない轟音を立て、バーニングレッドは地表に激突した。その衝撃でコンクリート道がえぐれている。
「ありゃ、やりすぎちゃったかな。ちょっとお仕置きするぐらいのつもりだったのに」
テヘペロを披露するが、どう見ても殺す気満々の一撃だ。飛び降り自殺するぐらいのダメージであれば、バーニングレッドでも再生が可能だっただろう。だが、マシュにより本来ならありえない加速をさせられたのだ。死亡を免れたのは脅威だが、立ち上がるのもままならないぐらいの深手を負っている。
「どういうこと? 魔法少女が魔法少女を攻撃するなんて」
刹那の感想がその場のすべての人間の意見を代弁していた。よもや、同士討ちをするなど誰が予想できようか。
放心状態に陥っていたMSB一同であるが、一足早く我に返ったのは永藤だった。
「敵魔法少女バーニングレッドは負傷して再起困難。この好機は逃せないわ。全軍、一斉射撃」
「了解」
号令を受け、水を得た魚のように隊員たちはライフル銃を構える。そして、永藤が右手を下すと、四方八方から銃弾の雨あられがバーニングレッドへと降り注いだ。
いくら再生能力が優れているとはいえ、満身創痍のところへ対魔法少女特殊弾丸を連発されたらひとたまりもない。どうにか炎で抵抗しようとしていたようだが、命の灯と連動するようにその勢いも弱まっていく。
銃弾がやむ頃には、バーニングレッドは横たわり、ピクリとも動かなくなっていた。
「みんな、気を抜かないで。私が対象の死亡を確認する。それまで援護をお願い」
永藤は単独でバーニングレッドへと歩み寄る。他の隊員はいつでも発砲できるように引き金に指をかけている。
対象を確実に倒したかどうか確かめるのはいい判断であった。だが、一つ重大な見落としをしていた。
「ひっどいな。もしかしたら、あの子とも友達になれるかと思ってたのに。なにも殺すことはないでしょ」
マシュだ。憤懣やるかたなしといった呈で永藤の前に立ち塞がる。
バーニングレッドを攻撃したことで、奴とは敵対関係にあると油断していた。未だ、MSB部隊とは相いれていないのだ。迂闊さを呪いながらも、マシュへと銃口を向ける。
「うーん、だから、戦うつもりはないんだけどな。でも、どうしてもっていうならお仕置きしてあげてもいいんだよ」
「待ちなさい」
マシュと永藤との間に割り込んだのは刹那だった。下半身が震えているが、しっかりと直立している。
「そんな、あれだけの怪我をしながら立てるなんて」
「いや、気合いで立っているだけ。早く治療しないと危ないのに変わりないわ」
驚く隊員をよそに、永藤は冷静に切り捨てる。とはいえ、常人だったらまず立つことすらできない。それどころか、戦闘する意思を見せている分だけ、刹那もまた化け物じみているということだろう。
「永藤、あいつは私の獲物よ。あんたは手を出さないで」
「ふざけたこと言ってるんじゃない。まともに戦えないくせに」
「いいえ、まだ戦えるわ」
意地を張り合う二人。マシュは困ったように両手を挙げた。
「もう、喧嘩しないでよ。仲良くしないとダメでしょ」
そう言うと、マシュは両肩の触手を伸ばす。諍いをしていても、突然の攻撃に対応できる辺り二人の非凡さが窺える。
けれども、回避できるまでには至らなかった。再生能力が異常な魔法少女を瀕死に追い込んだ一撃だ。MS細胞で強化しているとはいえ、根本的にはただの人間でしかない二人が耐えられるはずもない。
うねりながら迫る触手は二人の腕を絡めとる。そう思われたのだが、てんで見当違いの方へと向かっている。具体的に言えば下半身だ。足を狙っているのか。その割には少々矛先が上すぎる。
そして、触手は刹那と永藤のスカートに触れる。次の瞬間、勢いよくまくり上げたのだ。
魔法少女に対抗する特殊部隊に属する戦闘員とはいえ、心は花の女子高生。おしゃれはしたいお年頃である。また、スパッツを履いていてもいいのだが、機動性を考えた結果こうなったという建前もある。
結局どうなったのか。刹那と永藤は仲良く揃って下着を衆目に晒したのだ。
けたたましい悲鳴を上げる両者。刹那はスカートを押さえながらマシュに憎悪の視線を送る。ちなみに色は白だった。
「この変態! 一体どういうつもり」
「あーごめん。手元が狂った。だって、本気でお仕置きするわけにはいかないじゃん。まさか、めくっちゃうとは思わなかったもん」
「絶対にわざとでしょ」
口笛を吹いている辺り確信犯である。刹那が吠え掛かっていてもどこ吹く風であった。
一方で永藤は涙目になっていた。しっかりとスカートを握りしめ、「お嫁にいけない」と嘆いている。ちなみに色は薄い青だった。
ついでに、まさかのハプニングで一番の眼福がもたらされたのは、西代長官と機動隊員たちであるが、被害者両名から睨みつけられたのは言うまでも無い。
てんやわんややっている中、マシュはくすくすと笑い転げている。すると、頬を弾丸がかすめた。もちろん、すぐに回復し、何事かと周囲を確認する。
凶弾を放ったのは刹那だった。意気消沈している永藤から強引にライフル銃を奪うと躊躇なくぶっ放したのだ。
その後も、絶え間なく銃弾を連発し、全発命中させる。確かに、足を怪我していてもライフル銃であれば攻撃できる。ただ、普段使い慣れていない武器で戦うなど愚策に等しい。それなのに、問題なく連発できている辺り天才というべきであろう。
無論、そんじょそこらの魔法少女ならば倒せていたはずだ。しかし、マシュは未だ健在であった。
「もう、ひどいな。そんなにムキになることないのに」
「うるさい。お前だけは殺す」
刹那は執拗に引き金を引こうとする。単に魔法少女を恨んでいるだけではないのは自明だ。明らかに先ほどの屈辱を晴らそうとしている。
そんな刹那の執念とは裏腹に、ライフル銃は空撃ちをし始める。なんということはない。銃弾が切れたのだ。
「あらら、弾切れみたいだね。うーん、もう少し遊ぼうと思ったけど、今日はこのぐらいにしとこうかな。まともに話せそうもないし」
「ふざけるな! 逃しはしない」
「待て、神崎」
逃亡しようとするマシュを追おうとする刹那であったが、そこへ西代長官から制止がかかった。
「これ以上深追いはするな。むしろ、炎の魔法少女を確実に倒したかの確認が先決だ」
「しかし、あいつを野放しにはできない」
「気持ちはわかる。だが、飛行能力がある相手に倶利伽羅丸は通用しない。それに、ライフル銃の予備弾丸も余裕はない。なにより、いたずらにあの魔法少女を刺激して、主力である君たちを失う方が痛い。ここは一旦引くんだ」
反論しようとした刹那だったが、永藤に肩を掴まれた。さしもの刹那も、一切武器が無い状態で魔法少女とやり合うのは無謀だというぐらいの分別はある。それに、部隊に属している以上、長官命令は絶対だ。唇を噛みしめながら、飛び去って行くマシュを見上げるしかなかった。