西代長官への説得
明け方近くに本部までたどり着いたところ、守衛と一緒に西代長官が仁王立ちしていた。一刻も早くベッドに潜りたい一同だったが、どうにも許してはくれそうにない。
「あれれ~、ハゲのおじさんじゃん。朝も早くからごくろうさん」
よりによってマシュが逆なでするようなことを口にするものだから、長官のこめかみがひくひくと動く。刹那はあまりの眠気にマシュへのお仕置きも忘れるところだったが、
「このバカ者!」
長官の怒声が目覚ましの役割を果たした。
「高速道路の管理会社から通報があったからもしやと思ったが、まったくお前たちときたら」
どうやら、料金所のおじさんが「魔法少女らしきものを見た」と通告したらしい。それでなくとも、深夜とはいえ高速道路で数発発砲しているのだ。不審に思った対向車から連絡が入っていてもおかしくはない。
「朝帰りだからという理由は通用せんぞ。まずはきちんと説明してもらおうか」
有無を言わさず、刹那一行は指令室へ連行される。叱責は覚悟の上であった。むしろ、刹那の思うとおりに事が運ぶかもしれない。足取りが重い六花や詩亜とは逆に、刹那の足取りは能天気なマシュと同等であった。
指令室にて整列させられる刹那たち。西代長官は腕組をして鬼の形相のまま立ちふさがっていた。
「まずは弁明を聞こうか。なぜ、深夜に高速道路にいたんだ」
「夜中にドライブをしたかったから。なんて答えても納得してもらえませんよね」
「当たり前だ! バカ者めが!」
当初用意していた言い訳はあっさりと打ち砕かれた。下手な誤魔化しは通用しないのは織り込み済だ。
「件のターボババアを調査していたのです」
「魔法少女だか妖怪だか不明なアレか」
西代長官の反応は薄かった。話題に出したこともあり、「どうせそんなところだろう」という心持ちだろう。
ここで刹那は毅然と背筋を伸ばす。叱責されている者とは思えない態度だった。
「断言します。奴は魔法少女です」
開いた口が塞がらなかったのは長官だけではなかった。六花たち三人も刹那を注視する。
「あいつはまだ妖怪という可能性がのこ」
余計なことを言いかけたので、刹那はマシュの口をふさぐ。手のひらが唾液で汚され気持ち悪いが構ってはいられない。六花と詩亜に対しては無言の圧力をかけておく。詩亜が何かを言いかけたが、六花が人差し指を唇にあてた。こんな時の刹那には反抗しない方が身のためなのだ。
「奴と交戦して確信しました。奴はまぎれもなく魔法少女です」
「確かに上がってきている映像を確認する限り、魔法少女と言わざるを得ないが」
煌びやかなドレスを身にまとい、人間とは乖離した身体的特徴を持つ少女。一般的に定義されている魔法少女と合致する。ただ、出動命令を下せないでいるのは直接的な被害が出ていないからだ。とはいえ、刹那はそれを押し切る論を用意していた。
「現状は被害を出していないかもしれません。しかし、奴は近い将来に必ず行動を起こします。なぜなら、明確にターゲットを口にしたからです」
「それは本当か」
腕組を解く西代長官。刹那はバレないように鼻で笑った。
「奴が狙っているのはハラダタクミなる人物。発見次第、やるべきことは決まっているでしょう。通常の犯罪でも、犯行声明を出している人物を放置するわけ」
刹那の皮肉は正鵠を得ていた。殺害予告を出している犯人を警察が放っておくかと言われれば否だ。もちろん、明確に殺すと断言されたわけではない。だが、これまでの魔法少女の蛮行からして、れっきとした殺害予告だろう。
加えて、対面していたからこそ分かる。「ハラダタクミ」と口にした時の鬼気迫る表情。あの時に抱いていたのは間違いなく憎悪だ。刹那もまた実感があるから共感できる。
頭を指で叩き、瞑目する西代長官。
「つまり、こう言いたいわけか。ターボババアなる謎の存在はハラダタクミを狙う魔法少女である。その計画を阻止するために、正式に討伐許可を出してほしい、と」
「分かってるじゃない」
刹那は軽く舌を出す。高校生が出していい妖艶さではなかった。西代長官は唸りつつも頭を抱える。
面倒ごとが嫌いなお上が判断を下すとなると、ハラダタクミに危害が及んだ後になるだろう。だが、命の危機に瀕している人物がいるのに、刹那が黙っているわけはない。今回の件は「魔法少女について特別部隊により独自調査をしていた」と報告すれば筋が通らなくもない。それに、出撃を渋って、もっと厄介な珍事を持ち込まれては擁護できそうにないのだ。
威厳を保つためには謹慎処分を下すのが妥当である。だが、西代長官としてはそんな甘い選択をしたくはなかった。十歳以上年下の少女にほだされるのは癪である。とはいえ、彼の正義感が腕をほどかせた。
「夜間の無断外出。および、許可なくライフル銃の発砲。これらを完全に不問にするわけにはいかん。相応の処分が下るのは覚悟しておけ。
しかし、今は目の前の任務に集中したまえ。ターボババアなる未確認の生物を魔法少女であると断定。正式に討伐許可を下すよう申請する」
その言葉に喜々としたのは刹那だけではなかった。
「やったッスね、先輩。これで堂々と魔法少女を討伐できるッス」
「よかったじゃん、せっちゃん」
「やりましたね」
六花、マシュ、詩亜と順にハイタッチを交わす。そんなお祭りモードは長官の咳払いで一蹴された。
「今回だけの特別措置だぞ。お上を説得できそうな材料が揃っているから協力してやるだけだ。また同じようなことをやらかしたら擁護しきれんから、肝に銘じておけ」
「おじさんってツンデレの才能あるよね」
「マシュ、貴様だけ謹慎を下してもいいのだぞ」
「うそうそ、ごめんね」
おどけて手を振るマシュを長官は睨みつける。ツンデレ発言に刹那は不覚にも吹き出してしまった。
「先んじて私からS班の諸君に命令を下そう。ターボババアなる魔法少女が目的を遂行する前に討伐せよ。検討を祈る」
「了解」
刹那たち一同は敬礼を施す。かくして、ターボババア討伐作戦が幕を開けるのだった。
「それにしても、魔法少女と認定されたンスから、ターボババアは可哀そうッスよね。魔法少女とはいえ、少女ッスよ、少女。ババアはひどくないッスか」
「今更他の名前なんかつけてもしっくりこないわよ。冠は車輪の魔法少女あたりが妥当として、名前はそのままターボババアでいいんじゃない」
「せめて、ターボガールとかターボレディとかにしないッスか」
「車輪の魔法少女ターボババア。これは決定事項よ」
「せっちゃんは強情なんだから。うーんと、私はターボレンジャとかがいいと思うな」
「それは別の意味でまずいと思うからやめておいた方がいいッス」
どういう思考回路をしたら「レンジャ」なんて名前が出てくるのか不明だが、マシュの戯言を考察するのは無益なのでやめておこう。
騒動がひと段落したところで、刹那はひときわ大きなあくびをかます。結局、徹夜する羽目になったのだ。マシュ以外の三人で船旅に出航しようとしている。
「お前たち、そろいもそろって眠そうだな。ならば、とっておきの眠気覚ましを用意してやろう」
それを見た西代長官が嗜虐的に頬を吊り上げる。嫌な予感がして刹那が口を開きかけたがもう遅かった。
「全員でグラウンドを十周して来い! そうすれば眠気なぞ吹き飛ぶだろ」
「疲れて余計に眠くなるッスよ! 絶対に私怨が入ってるッスよね!」
「まったくだわ。詩亜なんてもう夢の中に旅立っているのに」
「ね、ね、ねてましぇんよ」
うつらうつらと船を漕いでいた詩亜が抗議する。だが、全く説得力がない。
「普段影が薄いからってちゃっかり寝ようとするなんてとんだ策士だわ」
「おお、すごいぞしあちゃん」
「褒めてないからね」
「だ、だ、だから、ねてましぇんて」
「詩亜っち、全然説得力ないッスよ」
無理やり慣れない運転をさせられたうえ、夜中に長距離散歩させられたのだ。つい寝落ちしても文句は言えない。ただ、叱責されている場面で旅立てるなど、ある意味大物ではあるが。
「ええい、お前たち! 乳繰り合っている余裕があったらさっさと走ってこい! それとも、このまま通常の訓練に参加させられたいか!」
「いってきます」
変に対抗したら徹夜状態で夕方まで訓練する羽目になりそうだった。耐えられなくはないのだが、生理現象に抗ってまで無理をするのは得策ではない。唯一通常営業なマシュを脇に置いておき、刹那たちはへいこらと課された罰をこなしに行くのであった。




