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ターボババアの目的

 後方から異音を響かせて接近してくる「者」がいたのである。すかさず確認したのは下半身だ。奴であれば、特徴的な形状をしているはず。

「ビンゴってわけね」

 刹那は口角を上げた。高速接近してくる謎の存在。そいつは件のターボババアであった。


 刹那たちが乗っているレンタカーの時速は120キロを超える。なのに、ターボババアは難なく切迫してくる。やがて、並走しながら窓をのぞき込んできた。

「違う」

 あの時と全く同じだ。心づもりをしていても、思わず息を呑んでしまう。


 ターボババアはそのまま走り去ろうとする。だが、そうは問屋が卸さない。刹那は窓から半身を乗り出すとライフル銃を突き出す。そして、ターボババアの背面を狙撃したのだ。

「妖怪かもしれないのに容赦ないね」

「威嚇射撃よ。例え妖怪でも、銃弾一発じゃ死なないでしょ」

 正真正銘の魔法少女であるマシュが呆れる蛮行だったが、刹那の憶測は正しかった。銃弾はターボババアの背骨に命中したのだが、それで絶命するわけではない。とはいえ、露骨に速度を落としてきている。さすがにダメージはあったのか。


 いや、違う。刹那たちのレンタカーと速度を合わせてきているのだ。窓越しとはいえ、般若の形相で睨みつけられ、B級ホラー映画並みの恐怖だ。この状況下でもお構いなしに運転できている辺り、普段の詩亜とは別の人格の恩恵を受けているのだろう。


「先輩、ガチで怖いンスけど、対話できるンスかね」

「とりあえず、料金所の外に誘い出すわよ。さすがに車で走りながらなんてお話にならないわ」

 そう言いつつ、刹那はもう一発銃弾を放つ。継続的に銃撃し、こちらに注意を向けさせる作戦だ。


 央間料金所まで残り一キロ。さすがに狙撃してくる相手を無視するわけにはいかないのか、思惑通りターボババアは追いすがってくる。とはいえ、魔法少女だとしたら挙動が妙だった。じっと窓越しに刹那たちを観察するばかりで反撃する素振りがない。体当たりやら、タイヤをパンクさせるやらを覚悟していただけに、素直に付いてくるだけというのは拍子抜けだ。

 更に、「違う、違う」とそれしか口にしていない。魔法少女だという前提の上で行動していたが、認識を改める必要があるのか。


 やがて、刹那たちの車は料金所を通り抜ける。ETCカードなぞ所持していないので、昔ながらの現金精算だ。

「急いでいるから、これでなんとかしといて。釣りはいらないわ」

「ちょ、お客さ……」

 料金場の窓口に一万円札を数枚叩きつける。もちろん、大幅にお釣りが発生しているのだが、そんなやり取りをしている暇はなかった。急停止後、急発進した車体のすぐ後方から異形の化け物が通過していったのだから。料金場のおじさんはお釣りのことなど頭から抜け落ち、呆気にとられるばかりであった。


 一般道で百キロを超えて走行するわけにはいかず、減速を余儀なくされる。その隙にターボババアに逃げられてしまう。そんな懸念があったのだが、きちんと対策を施していた。

「マシュ、お願い」

「あんまり過信しないでね」

 さしものターボババアも減速せずに料金所を通過するのは不可能だった。刹那たちにつられて速度を大幅に落としたのを見計らい、マシュの触手で腕をからめとったのだ。


 その様は逮捕した容疑者を護送するかのようだった。料金所から数分の地点にショッピングセンターの大型駐車場があったはず。そこまで連行し、尋問を施すのである。

 抵抗して触手を振りほどこうとする。そんな危惧をしていたのだが、ターボババアは大人しく追走してきていた。

「先輩から散々撃たれていたのに、妙におとなしいッスね。一体、何を考えてるんでしょう」

「知らないわよ。詩亜、あと運転は大丈夫」

「任せな! あの駐車場だろ!」

 運転が荒々しいせいで、拘束しているマシュに影響が出かねなかった。実際、無駄話が好きな彼女がさっきから押し黙っているのである。


 かくして、目的の駐車場に到着した。車を停車させ、刹那は倶利伽羅丸を、六花はライフル銃を構える。ターボババアはマシュの触手に捕縛されるがままになっており、この期に及んでも逃走する素振りがない。むしろ、刹那たちを受け入れているかのようにも映った。


「魔法少女にしては大人しいッスね」

「対話を試みてみますか」

 ハンドルから手を離したことで、暴走状態から解けた詩亜がおずおずと尋ねる。刹那はじっと腕組をしていた。別に深い意味はない。第一声が思いつかないのである。


「ねえ、あなたは魔法少女なの?」

 人間たちが相談していることなどどこ吹く風で、マシュが直接的な疑問をぶつけた。ターボババアはしばし口をつぐんでいたが、

「そう、だ」

 と、端的に答えた。


「もしかして、意思疎通ができる個体なのかしら。ならば、都合がいいわ。あなたの目的は何?」

「もく、てき?」

「うーんと、何をしたいかってところかな」

 刹那の質問をマシュがかみ砕いて解説する。会話はできるが、それほど知的レベルは高くないのか。赤子、もしくは幼児を相手に尋問を試みなくてはならないとすると、それはそれで骨が折れる。


「探して、いる。お前、違う」

「誰か会いたい人でもいるッスか」

 しばし、考えあぐねているかのように天を仰ぐ。数秒ほどの沈黙だったが、刹那たちにとっては数倍もの時間を感じた。そうして、おずおずと口を開く。

「ハラダタクミ」

「ハラダタクミ? そいつを探しているっていうの」

「どこだ! どこにいる!」

 先ほどまで大人しかったのが嘘のように激しく暴れだした。その勢いでマシュの触手が緩む。


 それがきっかけだった。ターボババアは急速発進して捕縛を振り切る。反応が遅れ、発砲できずにいる六花。かろうじて刹那は倶利伽羅丸の鞘を投げつける。少しでも動きを止めてくれればめっけもんだが、思惑通りにターボババアは立ち往生する。

 一気に踏み込んだ刹那はターボババアの首筋に倶利伽羅丸を突きつけた。

「正直、ハラダタクミがどんな奴かは知らない。けれど、探し出してどうするつもり? 返答次第ではこのまま首を掻っ切るわ」

「許してはおけない」

「は?」

 尋問するはずであったが、予想外の言葉に刹那は倶利伽羅丸を放しそうになる。


 敵意が削がれたのをいいことに、ターボババアは一気に逃走を図った。乗用車と並走できるのだ。本気で逃げに徹したら追いつくことはできない。

「結局、何がしたかったんスかね」

 六花が釈然としないというように腕を組む。鞘を拾った刹那はそれについていた土埃を払う。

「一つはっきりしたことがある。あいつはハラダタクミという人物を追っている。それが分かっただけでも上出来よ」

「せっちゃんは随分とポジティブだね」

「他人事みたいに言ってんじゃないわよ。マシュ、魔法少女としてどうなの。あいつは妖怪か魔法少女かどっちだと思う」

「うーん、どうだろ」

 刹那に問いかけられ、マシュは天を仰ぐ。彼女の勘に頼るのは癪だが、少しでも情報は多い方がいい。


「なーんか、私と似たような感じがしたんだよね。どっちかというとせっちゃんかな」

「なんで私と似てるなんて話になるのよ」

「なんとなくだよ、なんとなく。本気にしないでよ」

 胸倉をつかまんとする刹那に、マシュは両手を広げて愛想笑いをする。冗談だとしても、怪物と一緒くたにされて心地いいものではない。

 ただ、マシュと似ているという点を拾うなら好都合だ。

「あいつの企みはどうであれ、好き勝手になんかさせない。さっそく明日から動くわよ」

「先輩の言う明日はもう来てると思うんス」

 六花が大あくびをする。詩亜も船を漕いでいた。幸いにして料金所から本部までは歩いて帰れないこともない。ただ、下手をすると太陽が顔を見せるだろう。さしもの刹那も瞼をこする。こんな時に睡眠を必要としないマシュがうらやましく思うのだった。

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