詩亜、暴走
外敵と交戦している際に武器が投入されたらどうするか。十中八九手に取るだろう。詩亜もまた例に漏れずであった。
両腕で凶器をしかと抱える。その数秒後に数発の銃声が響く。
「おーてーて、つーなーい、で」
アークハンディーの声が途切れる。なおも銃声が止む気配はない。硝煙が立ち上る中、一人の少女が肩を揺らしていた。
「クフフフ。フハハハハハ!」
狂ったような笑い声。それがかの少女から発せられているとは信じ難かった。加えて、同一人物とは思えないほど雰囲気も違う。伏し目がちだった眼は血走り、犬歯を剥き出しにして哄笑している。その風貌はまさに狂人。
「ど、どうしたッスか、詩亜」
「うるせぇ! だぁってろ!」
恫喝され六花は身をすくませる。普段の消え入りそうな声はどこへやら。雷親父もかくやの怒声だった。
至近距離からライフル銃を連射され、息絶え絶えとなっているアークハンディー。死亡に至らなかったのが驚異的ではあるが、抵抗できる力はほとんど残されていないようであった。
そんな相手に詩亜は容赦なく銃口を向ける。舌なめずりをし、じわりと近寄っていく。
「てめぇらみてぇな害虫は駆除しねぇとなぁ! さっさと始末してやんよ!」
「おて」
「黙れや! ボケ!」
汚い言葉を吐き捨て、マシンガンもかくやの勢いで連射する。魔法少女ゆえに再生力は高い。だが、単に高いだけだ。対魔法少女特殊弾丸を連発されればひとたまりもない。
ついに、うわ言すら発する気力も残されず、アークハンディーはうつ伏せに倒れた。それでもなお銃撃は止まない。肉塊へと化すまで続くかと思われたが、内蔵されている銃弾が切れるのが先だった。微動だにしない魔法少女は死亡確認をするまでもないだろう。
使い物にならなくなったライフル銃を片手に、詩亜はなおも荒い唸り声をあげている。もはや人間というよりも獰猛な獣だ。
「せ、先輩、詩亜はどうしたッスか」
「こっちが聞きたいわよ」
怯えを全開にする六花に、刹那は声を張り上げる。あの豹変ぶりはライフル銃を手に取ってから。考察するまでもなく、忠告されていた「詩亜に武器を持たせてはならない」と関連するのは間違いない。
刹那はインカムから本部へ通話を入れる。あやまたずして西代長官が応対した。
「どうした。魔法少女は制圧したようだが」
「それどころじゃないわよ。あれはどういうことです。詩亜に武器を持たせてはならないって、何が起きてるんですか」
「恐れていた事態になってしまったか」
焦燥を隠せない刹那に、西代長官は沈痛な面持ちで頭を抱える。いらだって通話越しにまくしたてる刹那を「まずは話を聞け」と一喝した。
「単刀直入に言おう。宍戸隊員は二重人格なのだ」
「は?」
あまりに突拍子もない激白に刹那は間抜けな声を出した。
「二重人格って。まさか、武器を持つと別の人格が現れて暴れるとか、漫画みたいな性格をしてるんじゃないでしょうね」
「そのまさかだ」
あっけらかんに断言され、刹那は二の句が告げなかった。
「ほへぇー。二重人格者なんて本当に居たんスね」
「感心している場合じゃないでしょうが。なんでそんな重要な事を黙っていたんですか」
厄介な事態を招いた張本人をチョップしつつ、刹那はまくしたてた。西代長官は言い淀んでいたようだが、やがて滔々と語りだした。
「素直に話しても信じてもらえんと思ったからだ。逆に聞くが神崎、一切の事前情報を持ち合わせずに『宍戸隊員は武器を持つと性格が豹変する二重人格者だ。だから、武器を持たせてはならない』と言ったところで鵜呑みにするか」
「そんな夢物語はノートに小説として書き留めておきなさいと足蹴にするわね」
西代長官の反論も納得のいくことであった。よほど純粋無垢な人物でなければ、二重人格者なんて言い訳を信用するわけがあるまい。
西代長官と通話している間に、詩亜は新たな動きを見せていた。従来の目的を果たせなくなったライフル銃を短刀のように構えると、新たな標的を定めたのだ。
「おい、てめぇ! どうして魔法少女がこんなところにいるんだ! てめぇはお呼びじゃねえんだよ!」
「ほえ、私?」
指をさされたマシュはとぼけて喉元に人差し指を添える。だが、そんなあざとい仕草も狂人の前では無意味であった。
詩亜はライフル銃を片手に突貫していく。その様は倶利伽羅丸にて剣戟を仕掛ける刹那に顔負けだった。ただ、目標としている先がまずかった。標的とされたのはマシュである。
ライフル銃を鈍器にするという明らかに誤った用途で詩亜は強襲をかける。咄嗟にマシュは触手で反撃するが、危なげなく対応されてしまっている。
「ねえ、ちょっと。どうしたのって。友達になったんじゃなかったの?」
「誰がてめぇと友達だ! 魔法少女はぶっ殺すべき相手だろうが!」
「ねえ、この子、せっちゃんみたいなこと言ってるよ」
「私はそこまで物騒じゃないわよ」
冗談をかます余裕はあるものの、傍目からしても戦況がどちらに傾いているか明白だ。
唐突に襲われたということもあるし、せっかくの仲間を攻撃したくないという気負いもあるのだろう。マシュは完全に防戦一方だった。他方で詩亜に躊躇は微塵も感じられない。一心不乱にライフル銃を振り回し続けている。
「長官、詩亜を止める方法は無いのですか」
「あるにはある、のだが」
苦心しているのは電話越しでも伝わってきた。それが刹那の地団太を加速させた。
「ぶっ叩けば治るんじゃないッスか」
「昭和のテレビじゃあるまいし、そんな単純な方法で解決するわけ」
「宍戸隊員を昏倒させる必要がある」
六花のアホ発言にツッコミを入れたところ、西代長官の声が割り込んできた。
「昏倒させるって。まさか、本当に昭和のテレビみたいな解決方法しか無いわけ」
「他に方法はあるかもしれぬが、聞いているのは暴走した時に気絶させたら、目が覚めた時に元に戻っていたということだけだ。荒療治にはなるが、一度気絶させるというのが現状で最も確実な解決手段だ」
「簡単に言ってくれますけど、マシュと対等に渡り合える相手を気絶させるなんて、おいそれとできることじゃないわよ」
刹那にしては弱気な発言をしたのも尤もだ。下手に介入すれば返り討ちに遭いかねない。まして、気絶させるとなれば隊員相手に本気で戦う必要がある。そうした場合、気絶で済むかどうか。




