謎の魔法少女マシュ
バーニングレッドを前に、刹那は尻もちをついていた。幸いにも真正面から炎を受けて火だるまになることだけは避けられた。だが、完全に回避できたわけではない。立ち上がろうとすると、右足に激痛が走った。ブーツが黒く焼け焦げており、赤黒く滲んでいる。手で触れて確認するまでもなく、じんじんと熱が伝わってくる。
完全にしくじった。魔法少女の攻撃を躱しきれなかったばかりか、火傷を負ってしまうなんて。悔やんだところで、状況が打開できるわけではない。むしろ、悪化の一途をたどっている。他の隊員が助太刀に来ることができずにいる中、バーニングレッドはゆっくりと処刑の準備を進める。
「早く救護班を手配して。魔法少女、あなたの好きにはさせない」
永藤はライフル銃の引き金を引く。弾丸は狂いなくバーニングレッドへと到達しようとしたが、やはり直前で燃え尽きてしまう。刹那にかかりきりというわけではなく、きちんと銃弾に対応してくる辺り一筋縄ではいかない。
刹那もどうにか抵抗しようと倶利伽羅丸を軸に立ち上がろうとする。しかし、足の激痛に邪魔され、まともに力が入らない。そもそも、大やけどを負ってまともに動こうとしているだけでも異常なのであるが、規格外の相手を前にして四の五の言ってはいられない。
「燃やす、燃やす」
「ふざけるんじゃないわよ。はい、そうですかと燃やされてたまるか」
相変わらずのうわ言を投げつけるバーニングレッドに、刹那は恨み言をぶつける。そんな気合もどこ吹く風で、バーニングレッドは手のひらに炎を灯す。どう考えても回避は不可能。そして、直撃したら確実にお陀仏だ。絶体絶命の状況下、さしもの刹那も目を伏せる。
「ひゃっほー! 面白いことやってるね」
バーニングレッドが炎を発射しようとした、まさにその矢先。天空より調子はずれの声が響いた。それに気を反らされたのか、バーニングレッドは攻撃を中止する。
思いがけず命拾いした刹那は面を上げる。途端、更なる絶望に襲われることとなった。
「新たな魔法少女!? よりによってこんなタイミングで」
歯噛みしたくなるのも無理はない。空中浮遊している、肩から触手を生やしたドレス姿の少女は、どう考えても魔法少女だ。
バーニングレッドだけでも対処に困っていたのに、二体目など完全にキャパオーバーである。無論、永藤たちも想定外の事態にてんやわんやだった。
「西代長官。さすがに魔法少女二体同時は処理できません。B班の出動を要請してください」
「そのつもりだが、彼女らが駆けつけてくるには時間がかかる。それまでにあの二体を抑えられるかどうか」
バーニングレッドはともかく、謎の魔法少女は全く実力が分からないのだ。いたずらに攻撃して逆鱗に触れては取り返しのつかないこととなる。
そして、魔法少女が増えたこと以上に衝撃的な事実に、刹那たちは打ちひしがれていた。
「言葉をしゃべっている。魔法少女に通話能力はないんじゃなかったの」
「ひっどいな。赤ちゃんじゃないんだから、おしゃべりぐらいできるよ。私のことなんだと思ってんの」
謎の魔法少女は頬を膨らませている。触手が生えていなかったら可愛らしいのだが、そんな感嘆を述べている余裕はない。
魔法少女には基本的に通話能力はないとされている。しゃべることができたとしても、バーニングレッドのように「燃やしてやる」とうわ言を呟くだけが関の山だ。なのに、あの魔法少女は流ちょうに会話できている。
翻せば、会話ができるぐらいの知性を兼ね備えていることになる。ライオンやらクマやらの猛獣が人間並みの頭脳を持つと考えれば、いかに脅威か分かるだろう。
「ねぇねぇ、ところで何やってんの。遊んでるなら私も混ぜてくれないかな」
刹那達が手をこまねいている一方で魔法少女は自由気ままに飛び回っている。意を決して刹那が口火を切った。
「あなた、何者。魔法少女で間違いないのよね」
「うーん、多分、魔法少女かな。私を見てそういう反応する人ばっかだったし。っていうか、あなたとか、魔法少女とか味気ない呼び名で呼ばないでよ。私にはマシュって名前があるんだから」
「コードネームマシュ。聞いたことないわ」
「コードネームって。いちいちお堅いな」
真剣に考えこむ刹那とは対照的に、謎の魔法少女マシュはお茶らけるように腰に手を当てた。
「貴様の目的は何だ。返答次第では即座に殺す」
「喧嘩っ早いな。うーん、目的か。しいて言えば、あなたと友達になることかな」
「……は?」
刹那は素っ頓狂な声を出してしまった。致し方なきことではある。想定とははるかにかけ離れた返答がもたらされたのだから。
「ふざけるな。魔法少女となんか友達になれるか」
「ええー、ひっどい。せっかく友達になろうって言ってるんだよ。素直に受け入れるべきじゃないかな」
「貴様らは討伐対象。友好関係なんて結べるわけないでしょ」
「おい、刹那。相手をあまり刺激するな。少しは話を合わせるとか融通を利かせられないの」
「無駄ですよ、隊長。刹那にそんな器用な真似ができるわけがありません」
永藤の呼びかけも徒労と終わりそうだった。彼女としては下手にマシュを怒らせて一網打尽にされるのを危惧したわけだが、そんな意図を察せられるほど刹那に器量はない。
それどころか、どうにか倶利伽羅丸を構えようとさえしている。明確に敵意が向けられているが、マシュに応じる素振りはない。
むしろ、反応したのはバーニングレッドだ。「燃やす」と相変わらずのうわごとと共に、掌底に炎を灯す。
立ち上がることさえままならない刹那。マシュとバーニングレッドのどちらを狙うか判断のつかないMSB一同。戦況は魔法少女にとって一方的に優勢に動く。
そう思われたのだが、マシュが予想外の行動に出た。
「ねえ、そこの子。あなたとは後でお話してあげるから、ちょっと待っててくれないかな」
指さしながら呼びかけた相手。それはまさかのバーニングレッドだった。