聖沢宗清
手持無沙汰になり、腕を組みながら待ちぼうけしていると、一人の男性が入室してきた。白髪を伸ばした五、六十代ぐらいの眼鏡をかけた博士だった。博士と確定したわけではないが、なんとなくそんな雰囲気がある。現在はスーツを着用しているが、白衣を着せたら異様に似合いそうだ。
「お待たせしてすまないね。君とは一度話をしたかったから、無理を言って時間を作ってもらったんだ」
「あなたは、まさか」
その姿を認めた途端、刹那は二度見する羽目になった。魔法少女が一般化した現代において、彼の名を知らぬ者はいないだろう。
「聖沢宗清」
名を呼ばれた聖沢は好々爺とした笑みを浮かべるのだった。
「君のような若い子に覚えてもらえるなんて光栄だよ」
「そりゃ知っているわ。MS細胞を開発し、日本で最もノーベル賞に近い男でしょ」
肉体機能を大幅に向上し、魔法少女に対抗できる力を得られる特殊細胞。生け捕りに成功した魔法少女から採取し、人間に適応できるように改変したのだが、その計画の総指揮を執ったのが聖沢である。
「で、聖沢が私に何の用なわけ」
「さんをつけないか、バカ者」
「ハハハ、不遜な子だね」
窘める西代長官を聖沢は右手を広げて制止させる。和やかに笑い飛ばしているが、刹那の緊張感が抜けることはなかった。
「お互いに時間が惜しいだろうからね。早速本題に入ろうじゃないか。君と話がしたいと申し出たのは他でもない。人間が魔法少女化したということについてだ」
やはりか、という思いで刹那は身構える。MS細胞の権威がわざわざ訪問してきたのだ。刹那に用件があるとすれば、それ関係としか思えない。
「それについてはこっちから聞きたいわ。私が魔法少女になったってどういうことなの? 散々、どうやって変身したとか質問されたけど、答えようがないわよ。だって、あの時の記憶が全く無いし」
「身体検査においても異常はないとのことだね。率直に言うと、分からないことが分かった、というところかな」
「は?」
拍子抜けする返答に、刹那は間の抜けた声を出す羽目になった。もったいぶって訪問してきたわりに、その答えはないだろう。
「MS細胞を人間に適用させるために数多くの実験を行った。だが、その中でも人間が直接魔法少女に変身するなんて事例は認められなかったんだ。そのうえ、君の身体においても特に異常がないと来ている。これは分からないと言うしかないだろう」
「何よそれ。そんな与太話をするためだけに来たってこと」
「まあまあ、そうカッカしないでくれ。弁明させてもらうと、結論を出すにはあまりにもデータが少なすぎるんだ。デッドリーパーとの一戦で一時的に変貌したのか。あるいは、意図的に変身できるのか。それを結論付けるためには、戦闘データの蓄積が必要となってくる」
「だからって、私に魔法少女に変身して戦えと言いたいの。悪いけど、ごめんだわ。意図的に使えるとしても使うつもりはない」
「使ってもらった方が研究としては助かるが、安全倫理上、多くは望めないようだね」
聖沢は白髪をいじくる。刹那としての自我を保っていられるかどうかもはっきりしないのだ。不安定要素の塊を実践投入するなど、愚策中の愚策だろう。
「それで、他に用件はある? まさか、単に挨拶しに来ただけとか言わないでしょうね」
「ううむ。実のところ、そのまさかだったりするのだよ。君とは研究過程で幾度となく顔を合わせることになるだろうから、きちんと挨拶をしておこうと思ってね」
「言い忘れていたが、聖沢さんは我らがMSBに全面協力するとおっしゃってくださったんだ。くれぐれも粗相がないように」
西代長官から釘を刺されたが、刹那は素直に首肯する気にならなかった。
いつまでもおじさんと無駄話をしているよりは、六花やマシュたちと戯れていた方がマシ。そう判断した刹那は軽く挨拶を済ませると、さっさと退散することにした。引き止められると思ったが、聖沢はあっさりと送り出した。
刹那が去った後、西代長官は神妙な面持ちで手元のファイルに視線を落とす。それは丸秘の刻印が押された数枚の報告書だった。世間に公表するのはもってのほか。西代長官クラスの一部隊員にのみ渡された代物である。
「聖沢博士。これについては神崎隊員に伝えなくてよかったのですか」
「実働隊員に伝える必要はないと思うがね。いらぬ心配を巻き起こし、いざという時に戦えなくなっては国防に関わるだろう」
「しかし、この事実をいつまでも隠匿するわけにはいかないと思いますが」
「いずれ時は来るだろうよ。西代君だったかな。君も余計な詮索はせずに、魔法少女対策に邁進したまえ。耳にしていないわけではあるまい。デッドリーパー以上の魔法少女が出現していることを」
「なぜそれを。いや、あなたはお上とつながりがあるのでしたな」
刹那の症状と同じく、現状としては情報が少ない。それでも、最強といっても過言ではない魔法少女が暗躍しているとの報告があがってきている。実働部隊を調査に向かわせたいが、あまりにも不確定要素が多すぎる。なぜなら、はっきりしているのは珍妙な格好をした二人組ということぐらいだからだ。
その魔法少女のことに比べれば、手元のファイルに記された情報は決定的かもしれない。
「こんなもの、いつまでも隠し通せるとは思えないがな」
嘆きつつも一枚の報告書を手に取る。そこにはこう記されていた。
「神崎刹那の体内においてMS細胞の異常増殖が認められる」




