疲労困憊
「先輩、どうしたッスか。朝から元気ないッスね」
「そうだぞ。朝から元気出していかなきゃ」
「誰のせいだと思ってんのよ」
食堂で着席するや否や、刹那は机の上に顎を乗せてグタっていた。お行儀悪いことこの上ないが、朝から根こそぎ気力を奪われたのだから仕方がない。
「ねえ、どうにか回復させてあげられないかな」
「仕方ないッスね。秘密兵器を出すッス。テレレテッテレー」
どこぞの未来の猫型ロボットよろしく、六花はトレイからあるものを掲げる。
「購買で売っていたハンバーガー。はい、どうぞッス」
「ありがと、いただくわ」
「あ、治った」
呆気に取られているマシュをよそに、刹那はハンバーガーを貪る。その食べっぷりは見てる側の食欲を刺激するほどだ。
「先輩はハンバーガーを与えておけば、大抵機嫌が直るッス」
「へえー、いいこと聞いた」
「悪知恵垂れ流してんじゃないわよ、六花。それに、私はハンバーガーで買収されるほど安い女じゃないから」
「でも、前に先輩が楽しみにしてたプリンを間違って食べちゃったときも、ハンバーガーで許してくれたじゃないッスか」
「ああ、そんなことあったわね。それじゃ、きちんとお仕置きしときましょうか」
「イタタ! 本気でグリグリしないでほしいッス」
刹那が六花にグリグリ攻撃している一方でマシュがふてくされていたことは気づいていない。
ハンバーガーという撒き餌により機嫌が直ったかと思われたが、食べ終わった途端に刹那は机の上に顎を乗せる。
「先輩、相当疲れているみたいッスね」
「そりゃそうよ。ただでさえ、最近は検査、検査の連続なんだから」
刹那がぼやくのも無理はない。
デッドリーパーとの交戦中に魔法少女へと変貌したことを受け、肉体に何らかの変化がないか繰り返し精密検査を受けているのだ。待遇は重病人と大差ない。おまけに結果については精査中というのだから、下手におあずけされているみたいで気が気でないのである。
「夜ぐらいじっくりと休みたいのに、このバカが余計なことをするもんだから」
「まだ根に持ってるの。せっちゃんって意外としつこいんだね」
「余計な事って何をしたッスか」
「ええっとね」
「マシュ、答えなくていい。ものすごく面倒なことになるから」
「気になるッスよ。ねえねえ、本当に何をしたッスか」
六花が激しく刹那の体を揺さぶるものだから、これはこれでうざい。でも、真実を話したらもっとうざくなるのは明白なのだ。
だから、うざさを回避するために無理やり話題を変えた。
「それにしてもマシュ、あんた普通にご飯食べてるのね。前に、食事しなくても平気とか言ってなかった」
指摘され、マシュはトーストを口に運ぼうとして手を止める。スクランブルエッグやらサラダやらといったブレックファスト風のメニューは半分以上たいらげられていた。
「確かに、無理に食事をする必要性はないけど、これは楽しみでやってることだよ。ほら、人間がおやつを食べるのと一緒」
「おやつ感覚で食べるメニューじゃないッスよね」
「そんだけ食べて太らないのがうらやましいわ。あるいは、全部胸に行ってるのかしら」
「なんか私を食いしん坊のデブキャラだと思ってない? 食べるのは好きだけどさ」
文句をたれつつもスクランブルエッグを食べる手は止めない。見物している側の食欲が刺激されそうだ。
「まあ、元気に食べているだけマシよ。あっちに、私よりグロッキーになってるやつがいるから」
「ああ、佳苗ッスか。あれは仕方ないッス」
刹那以上に机に半身を預け、もはや生きている死体になっているのは佳苗だ。取り巻きが励ましているようだが返事がない。
永藤が入院生活を余儀なくされてからというもの、ずっとあの調子だ。出会う度に永藤自慢をされるのも鬱陶しいが、ずっと死体ごっこをされるのも、それはそれでうざい。
「永藤隊長は大丈夫なんスかね。応急処置したから分かるッスけど、けっこう傷は深かったッスよ」
「一命はとりとめたというし、あいつは簡単には死なないタマだから大丈夫よ」
「そうそう。私がおまじないしといたし」
「あんたのおまじないは眉唾ものだけど」
「せっちゃんで実証済みじゃん」
マシュは抗議するが、おまじないとやらの効力のほどは定かではない。
「そういえば、今日は長官から重要な話があるんじゃなかったッスか。えっと、班編成に関わるなんちゃらかんちゃら」
「そんなこと言ってたわね。っていうか、もうすぐ集合時間じゃない」
腕時計を一瞥して刹那は立ち上がる。与太話をしていたせいで遅刻したとあっては目も当てられない。呑気に食事を続けるマシュを急かしつつ、一同は指令室へと赴くのであった。




