逆転の兆し
「なんだよ。なんなんだよ、てめぇはよぉ!」
デッドリーパーはガードレールを踏み台にして高々と跳躍した。落下の勢いを味方にした一撃だ。普段の刹那ならば馬鹿正直に付き合う道理はなく、さっさと避けていただろう。
だが、今の刹那は真逆だった。刀を振り上げると、真っ向から受け止めたのだ。
力量差に加え、デッドリーパーは通常以上の膂力を発揮している。なので、刹那が一方的に屈するはずだ。しかし、両者は拮抗している。それどころか、刹那が押し返している。
単純な力比べは分が悪い。そう判断したデッドリーパーは一旦鎌を消滅させて退避した。それは彼女にとってはありえない一手だった。攻め入ることはあっても、後退することなど初めての経験だろう。
未確認生命体と認知されているとはいえ、デッドリーパーもまた「生物」には違いない。その生物としての本能が警鐘をならしている。今の刹那はまともではない。
通常の思考回路ならば退散を選択するだろう。けれども、デッドリーパーのこれまでの経験が邪魔をした。彼女にとって取りうる選択肢は一つしかなかった。
「しゃらくせぇなぁ、おい」
単なる人間風情が自分を脅かす力を発揮するなどまぐれだ。鷹をくくり、刹那へと突貫する。
それは生息領域において絶対王者として君臨する肉食獣のようであった。新たなる侵略者が訪れない限りは、自らの命が危険に晒されることはないだろう。それ故に、生物として欠くことのできない致命的な本能に欠けているのだ。
要は攻撃されなければいい。単純な理論をふりかざし、デッドリーパーは闇雲に鎌を振り回す。一分足らずで細切れの遺体が転がっているはずだ。
しかし、刹那はそのすべてを防御していた。それはまるで作業であった。攻撃軌道を把握し、右手をすり合わせているだけである。
「本当になんなんだよ、てめぇはよぉ!」
語彙すら失い、ひたすらに切り刻んでいく。そして、猛攻はただの一発の斬撃により終止符を打たれることとなった。
刹那が繰り出した大振りの袈裟懸け。それにより、デッドリーパーの右腕が根元から切断されたのだ。
「は、はぁぁぁっ!?」
デッドリーパーは素っ頓狂な悲鳴をあげる。その光景は六花や佳苗すらも唖然とするほどであった。片腕を失うという惨事に見舞われ、さしものデッドリーパーもうろたえる。
とめどなく流血していたのだが、すぐさま傷口が塞がれる。だが、自慢の再生力を発揮できたのはそこまでだった。マシュの触手のように即時に復活とはいかないらしい。虚空と化した肩を抑えながら、獣のような唸りを発している。
そんなデッドリーパーに刹那は無慈悲にも追撃を加えようとしている。もはや、立場は完全に逆転していた。卓越した身体能力を誇っていても、五体不満足では実力を発揮できない。冷酷なる断罪の一刀がデッドリーパーの首を穿つ。
そう思われたのだが、突如として刹那が膝から崩れ落ちた。途端、右腕の刀が逆再生をしているように元の人間の腕に戻っていく。和装束もパージしたかと思いきや、六花たちと同じ隊服へと変化していた。
「私は、一体」
頭を抱えながら刹那は呻く。ひどく体が重い。無理やり全力疾走したとしても、これほどの気だるさを感じることはないだろう。
「先輩、大丈夫なんスか」
「六花、一体何があったの。急に記憶が飛んだ気がするんだけど」
「覚えてないスか。先輩が魔法少女に変身してデッドリーパーの腕を切り落としたッス」
「私が魔法少女に!? 悪い冗談はよし、て」
絶句する羽目になったのも無理はない。六花の発言の後半部分は虚言ではないと判明したからだ。この自分が奴にあれだけの打撃を与えたのか。
追い打ちをかけるように、倶利伽羅丸にはべっとりと鮮血がこびりついていた。それこそ、肉体を両断でもしなければ、ペンキの中に突っ込んだような量の血がしたたり落ちるわけはない。
未だ状況は把握できないが、勝利の女神が微笑みかけているのは確実だ。おそらく、腕の再生に体力のリソースを割いているであろう。今ならば奴を倒すことができる。
腕を切り落とすぐらいの威力を発揮できたのだ。まともに心臓を貫けばあるいは。活路を見出した刹那はがむしゃらに突っ込んでいく。
しかし、デッドリーパーはひらりと飛び退った。
「そんな単純な攻撃、当たるわけねぇだろうがぁ」
攻撃の要は阻害できたとしても、規格外の機動力は健在だ。完治するまで回避され続けたら、それこそ勝ち目はなくなる。
そうなると、攻略法は一つ。デッドリーパーの動きを止め、確実に心臓を突く。とはいえ、そんな器用な真似ができる自信はなかった。六花や佳苗ではデッドリーパーの動きに対応できないし、彼女たちには永藤の応急処置に専念してもらいたい。刹那単独で実行するにしても、倶利伽羅丸による攻撃で手いっぱいだ。
せっかく一縷の望みを見出したのに、机上の空論と終わってしまうのか。歯ぎしりをしていると、ゆらりと立ち上がる影があった。
「まったくもう、びっくりするな。せっちゃんが魔法少女になっちゃうなんて。あれ、今は違うのか」
「マシュ! あんた無事だったの。っていうか、ずっと見物してたわけ」
「あれだけ大暴れしてたら、おちおち寝てられないよ。それよか、せっちゃんも魔法少女だったって隠してたのはひどいな」
「その話は後にして。私にも訳が分かっていないから」
興味津々に尋ねてくるマシュに、刹那は片手を広げて制止を促す。本気で魔法少女になった云々は身に覚えがないのだ。
そして、ここで天啓が舞い降りる。ひょっとしたら、この作戦ならばデッドリーパーを倒せるのではないか。
だが、それは刹那にとって悪魔のような提案だった。正直、この方法だけは取りたくない。元々、刹那の性分に合う策ではないのだが、よりによって想定されうる限り最悪の相手と組むことになるとは。
提起しようか躊躇していると、デッドリーパーが突貫してくる。鎌を出現させる手間すら億劫になったのか、殴り倒そうという算段だ。
マシュとともに、回避に専念する。腕を切り落とされても暴行に及ぶ気力があるのだ。いたずらに時間を浪費していては完全回復されてしまう。
「ねえ、せっちゃん」
「なによ、マシュ」
「せっちゃんが考えていること当ててあげよっか。打開策があるけど、話し出せずにいる、でしょ」
「あんた、超能力でも持っているわけ」
「うーん、付き合いは短いけどさ、なんとなくせっちゃんのことが分かるんだよな。なーんか、なんでもかんでも一人で抱え込んじゃう、みたいな」
心の中をのぞき見されているかのようで、刹那は無意識に己の体を抱きかかえていた。六花や純子にならともかく、出会って数か月の奴に指摘されるなんて。
刹那は未だ逡巡していた。一刻の猶予がないのは分かっているつもりだ。ただ一言呼び掛けるだけでいい。でも、そんな単純なことが踏み出せずにいるのだ。
ふと、まじまじとマシュの眼が視界に入る。屈託のない笑み。緊迫した戦闘下で場違いとも言えた。とはいえ、心の中にあるしこりを掬い上げてくれるような気がした。
刹那は大きく息を吐く。本来なら面と向かうべきだろう。でも、マシュのことを直視できなかった。このシチュエーションでなければ勘違いされても仕方ない所業である。
「あのさ、マシュ」
滔々と刹那にとっては悪魔のような提案を口にする。
「私と、協力してくれない」
「もちろんだよ!」
対して、マシュは底抜けに明るい声で答えた。差し伸ばされた手を、刹那はそっぽを向いたまま握った。




