デッドリーパー無双
目標を失ったデッドリーパーが次に餌食にするのは誰か。それを真っ先に察知したのは佳苗だった。
「隊長、危ない!」
だが、警鐘を鳴らすので精一杯だ。永藤はライフル銃を構えようとする。その所作が完成する直前に鎌が弧を描いた。
永藤の手からライフル銃が吹き飛ばされる。丸腰になったと自覚する暇さえ与えない。切り返しの鎌が振り下ろされた。
悲鳴すらあげることなく永藤は倒れた。その一瞬の出来事はMSBの一同を唖然とさせた。隊員内でも最強と称される永藤が一瞬にしてやられた。
「う、うそでしょ、先輩」
佳苗が声を震わせる。傷口からはどくどくと血が流れだしている。身ぐるみひとつで、すかさず駆け寄った六花は手首を取る。
「脈はある。かろうじて即死は免れたみたいッス。でも……」
その先は言わなくても分かっていた。しかし、応急処置をすることすら許してもらえそうもない。
うちひしがれる二人に邪悪な影が立ちふさがる。鎌には紅がこびりついていた。自分たちも後を追うことになるのか。もはや諦観することしかできなかった。
だが、一発の銃声が絶望を打ち破った。刹那だ。六花が放り投げたライフル銃により銃撃したのである。
「あんたの相手は私よ。その子たちには手を出さないで」
「まだ足掻く元気があるかぁ。そうこなくっちゃなぁ」
デッドリーパーは喜々として歩みを進める。幸いにして急所への傷は免れているので、戦闘に際して支障はない。しかし、このまま単純にぶつかっても永藤の二の舞になることは刹那自身が一番分かっていた。
それでも、手をこまねいている場合ではない。刹那を突き動かしているのはもはや意地のようなものであった。
「させないよ」
両者が再激突すると思いきや、待ったをかける声があがった。がれきを振り払いながら、凛然と立ち上がる影がある。
「てめぇ、死んでなかったのかぁ」
「あれくらいで死ぬわけないでしょ。魔法少女なら分かると思ったんだけどなぁ」
「ちげぇねぇな。あたいらはちゃちな人間とは違う」
背中越しでなじりあう魔法少女たち。救援に名乗りをあげたのはマシュだ。
再生力の高さを誇っていても、さすがに無傷とはいかなかったらしい。額やら腕筋やらから流血している。ただ、それも次第に治療されていく。
「諦めが悪いなぁ、おめぇもぉ。たかが人間ごときに、どうしてそこまで拘泥する?」
「そっちこそ諦めが悪いんじゃない。駄々洩れだもん。せっちゃんと戦いたがってるって」
「ちげぇねぇなぁ。こいつは数年に一度出会えるかどうかの絶好の獲物だぁ。それに、あたいと似た臭いがある」
「ふざけないで!」
声を荒げて介入したのは刹那である。まっすぐに倶利伽羅丸をデッドリーパーへと差し向けている。
「あんたと私が似ているですって? とんだ冗談よ」
「いや、おめぇはあたいと同じだなぁ。同じ臭いがする」
「確かに、似ている部分はあるかもね」
マシュからも同意され、刹那は睨みを利かせる。
実際のところ、刹那とデッドリーパーが似た者同士というのは言い得て妙だった。動機はどうあれ、刹那はすべての魔法少女を滅ぼそうとし、デッドリーパーはすべての人間を殺そうとしている。マシュが「似ている」と言ったのもそれを踏まえてのことであった。
そんなマシュが一呼吸おいて言い放つ。
「でも、せっちゃんとあなたは決定的に違うよ」
似た者同士と断言しておきながら違うとは。ちぐはぐな意見に自然と注目が集まる。
「うーん、なんていうかな。せっちゃんは優しいんだよ。見境なく私たちを殺そうとはしているけどさ。心根は優しいって分かるもん。そうじゃなきゃ、友達になろうなんて思わないし」
「あんた、何を言って」
刹那は絶句していた。自分が優しいだなんて、仲間内からも言われたことがなかった。ましてや、殺そうとしている相手からなんて。マシュにウィンクされ、刹那は胸を詰まらせる。
反対に、物理的に反吐を吐き捨てたのはデッドリーパーである。
「こいつが優しいかぁ。どうだかなぁ。あたいには、あいつらと同じにしか見えねぇぜぇ。と、いうよりも、人間なんざ誰だってそうだろ。自分に都合が悪いものは排除しようとする。あたいも同じことを実行してるだけだぁ。そいつの何が悪いってんだぁ」
ここ一番の身に迫った主張であった。奴の奥底にあるものを垣間見た気がした。
とはいえ、同情してやる義理はない。デッドリーパーも同情されるいわれはないようである。論戦を無理に終わらせるかのように、刹那へと鎌を振り上げて襲来する。
刹那が倶利伽羅丸で防御するより早く、マシュの触手が鎌を弾く。
「てめぇは黙ってろよ」
「いやだね」
即座に攻撃の優先順位を変更し、マシュの触手を八つ裂きにする。マシュは舌打ちして空へと退避しようとした。
だが、強引に地面へと引っ張られる。飛び上がった直後に、デッドリーパーに足首を掴まれたのだ。
「なんてとこにいるんだよ、エッチ!」
スカートのすそを抑えるが、そんな冗談をかましている局面ではない。そのままジャイアントスィングを受け、再び吹き飛ばされる。
塀に激突する寸前にマシュは触手をクッション代わりにして衝撃を和らげる。だが、急速接近してくるデッドリーパーには対応できなかった。触手が使えないまま、デッドリーパーの殴打の応酬に晒されることになる。せっかく再起したのもつかの間。マシュは再びビル壁に背を預けて沈黙することになった。
孤立無援も等しい刹那にデッドリーパーはゆっくりと歩んでいく。そろそろ他の隊員が合流してもおかしくないはずだ。だが、奴相手では烏合の衆にしかならないだろう。
一方で、デッドリーパーにとっては王手をかけたも等しい局面であった。マシュがまた立ち上がってくる可能性もあるが、真っ当にぶつかればこちらが勝てるのは明白。邪魔するならまた黙らせればいい。
そして、MSBの連中も脅威となるのは刹那だけ。その他に懸念すべきは永藤だが、殺せていないとはいえ深手を負わせてある。魔法少女でないただの人間があの傷を受けて立ち上がるのはほぼ不可能。そして、残る連中はあくびをしながらでも殺せる雑魚ばかり。
まさに、勝敗は決した。そう思われたのだが、ここでデッドリーパーは予想外の行動に出た。刹那に真っ先にとどめを刺す。そうするのではなく、向かった先は六花のたもとだったのだ。
「おめぇ、刹那とかいうやつの仲間だったよなぁ」
「い、いきなり、何すか」
「質問にはきちんと答えな」
「仲間というか、大切な人ッスよ。えっと、憧れの先輩というか。どうしてそんなこと聞くんスか」
「ほう、そうかぁ」
満足そうに頬をあげると、いきなり六花の首根っこを掴んだ。そのまま全身を持ち上げ、刹那へと見せびらかす。
「どういうつもり? 六花を放しなさい」
「おめぇはただ殺すのは惜しいからなぁ。最後にとっておきの走馬灯をプレゼントしてやるよぉ。ほら、覚えてるだろ。あたいがおめぇと一緒にいたガキを殺したときのことを」
瞬間、刹那はデッドリーパーの意図を理解した。同時に、あの時の記憶がフラッシュバックする。




