純子からの情報
クリムゾンソックスとの交戦から更に数週間が経過した。せっかく治療完了間近だったのに、無理に動いたせいで傷口をぶり返してしまった。そのことで医師からはお咎めがあったが、長くは続かなかった。なにせ、そこからは奇跡的な早さで快方へと向かったのだ。
安静にしていればとっくの昔に完治していたのだから、別におかしなことではない。そんな見方もあったのだが、リハビリの必要もなく以前と変わらぬ動きができているというのは、医学的にありえないの一言であった。
精密検査の名目で入院させようという案も出たのだが、当の刹那が素直に従うはずもない。それどころか、更なる無茶をやられてはたまったものではない。なので、特例として通常の任務にあたることが許可されたのだ。
「よかったッスね。これでまた暴れ回れるッスよ」
「なんであんたが嬉しそうなのよ」
医師からの完治の報を受け、六花は浮足立っていた。刹那としても、さっそく魔法少女討伐に赴きたいのは事実である。
だが、間が悪いといっては失礼だが、クリムゾンソックス以降、閑古鳥が鳴いているかのように魔法少女出現の報告はなかった。全国規模で見れば、出現自体はしているのだが、央間支部からは遠く離れすぎている地点ばかり。しばらく鍛錬に励むしかないという日々が続いた。
転機が訪れたのは刹那のスマホにかかった一通の着信であった。相手は純子である。「お上に報告する前に是非とも耳に入れておいてほしい情報がある」とのことだったので、コンビニのお菓子を携え、不夜城を訪れる。
「サレイシ、キモッタテ」
「よし、入れ」
例の合言葉を口にすると解錠される音が鳴る。扉を開けると真っ先に埃の臭いが鼻をついた。
「やあ、刹那。例のものは持ってきてくれたかな」
「今度は機動戦獣パンダムとのコラボパッケージのビスケットだっけ。これを買うのに十軒ぐらいはしごする羽目になったわよ」
「おお、これこれ。水棲の魔女のやつ」
喜々としてアニメキャラクターが描かれたパッケージを手に取る。本来なら、そんなしょうもないもののためにコンビニを探し回るなど言語道断である。それでもわざわざ徒労したのは、刹那にとって重大な情報を掴んだとの報告があったからだ。
「それで、重大な情報って何なの? しょうもなかったから倶利伽羅丸のサビにするわよ」
「まぁまぁ、落ち着き給え」
ビスケットを貪っているため、口の先から食べかすがこぼれる。黙っていれば人形みたいな可愛らしさがあるのだが、行動がいちいち台無しにしていた。
左手でお菓子をつまみながら、右手で器用にパソコンを操作する。そして表示されたのは一枚の新聞記事であった。
「なんかこれ、見たことあるわね。こいつがどうかしたの」
魔法少女の情報を得るという名目で、刹那は毎日一通り新聞に目を通している。確か、地方の情報を伝える欄に、小さく掲載されていたはずだ。
内容としてはごくありふれた殺人事件だった。深夜に、会社員の男性二人の惨殺死体が発見された。目撃者の証言から犯人を追っているが、未だ逮捕に行き着いていない。大雑把に内容を要約すればこんな内容である。
単なる殺人事件の一報が刹那にとっての有益な情報となりうるのだろうか。そんな疑問を払拭するかのように、純子は別のファイルを開いていく。
「これは現段階ではマスコミに公になっていない情報なんだ。被害者の会社員は三人連れで、殺されたのはそのうちの二人。残る一人はかろうじて現場から逃走できており、犯人の特徴について事細かに証言している。聞けば、黒い外套を羽織っていて、その素顔は例の死神そのものだった。更に、大鎌を振るって被害者を惨殺し、人間は皆殺しにすると語っていたという。ここまで聞いて、あいつの姿が思い浮かばないかい」
刹那はガタリと机を揺らした。瞳孔を全開にし、食い入るように画面を見つめている。
被害者の妄言に過ぎなかったという線も捨てきれない。けれども、ここまであいつの特徴と合致する証言をするのに、戯言だったという方が不自然だ。机を揺らしすぎて、乱雑に積まれていた書籍が次々と床に落下する。
「デッドリーパー」
刹那のつぶやきに同調するように、純子も首を縦に振る。
「公表はされていないが、奴の仕業で間違いないだろうね。現場写真もあるけど見るかい」
了解を得ずに、凄惨な写真を表示する。さすがの刹那も一瞬吐き気を催した。胴体から首や四肢が切断されたおぞましい遺体が写されていたのだ。こんなもの、一般人が所持していいものではない。そいつを入手できていることに加え、平然とお菓子を貪っている彼女の異質さが際立つ。
「デッドリーパーの主力武器は大鎌だ。死神の魔法少女と呼ばれている所以でもある。これまで奴が起こした殺人事件は、一貫として鋭利な刃物による肉体の切断が手口だ。あの証言も合わせると、間違いなくデッドリーパーの仕業と言っていい」
「この期に及んで奴は……。でも、デッドリーパーによる事件なんて過去に何度も起きていたじゃない。わざわざ公になる前に私に知らせてくれたってことは、特別な理由があるんでしょ」
「鋭いな。この事件が起きた場所がカギなんだ。被害者が発見されたのは央間市羽鳥地区。この支部の統括圏内だ」
純子が言わんとしていることを刹那は瞬時に把握した。確かに、初めてこの事件を知ったときに「やたら近いところで殺人事件が起きたのね」ぐらいの感想は抱いた。だが、デッドリーパーの関与が決定的となったのならば話は別だ。
「近いうちに、今回の事件はデッドリーパーの仕業だと正式に報道されるだろう。そうなると、お上が取る行動は警察とMSBによる合同調査だ。断定はできないけど、奴がこの近くに潜伏している可能性は高いからね。ボクたちとしても、隊員総出で調査に駆り出されると思うよ」
「それは間違いないわね」
「今回の相手は君の仇敵といってもいい。ボクが連絡するまでもなく、西代長官あたりから命令が下されるとは思うが、こういうのはあらかじめ頭に入れておいた方がいいだろう」
「ええ、助かったわ。おかげで奴を倒す心づもりができる」
刹那の胸は高鳴っていた。これまで我武者羅に魔法少女を討伐してきたのは、奴を倒すために他ならない。その武者振るいに机の上の書類はすべて倒壊していた。
「本来ならボクも参戦したいところだけど、残念ながらコレだからね。陰ながら応援させてもらうよ」
ブランケットを外し、車いすを見せつける。刹那と握った拳をぶつけ合った。念のためにこっそり倶利伽羅丸を忍ばせておいたのだが、いらぬ心配だったようだ。むしろ、コンビニとコンビニの間を無駄に走り回ったことなど取るに足らないほど有益な情報が手に入った。
「そうそう。これ、あげるわ。コンビニで売ってたけど、あんた、こういうの好きそうでしょ」
刹那が放り投げたものを受け取り、純子は奇声をあげた。
「こ、これは。転マタのコンビニコラボ限定のマスコット。品切れが続出して転売価格じゃないと買えない激レアアイテムじゃないか。こいつを手に入れられるなんて、幸先が良すぎるぞ」
「そ、そう。喜んでもらえてよかったわ」
予想以上のくいつきに、刹那は若干ひいていた。マタンゴというキノコのモンスターのブサ可愛いマスコットだが、こんなものが転売されるほど人気なのだろうか。
「ああ、もうマジ神! 刹那、愛してる」
「お、おやすい、御用よ」
普段の彼女らしからぬキャピキャピした声に、不覚にもドギマギしてしまった。本当に彼女は黙っていれば破壊力は高いのだ。なんだかんだ言って、毎回差し入れを持って行ってしまうのも納得がいく。
ともあれ、せっかく純子が重大な情報を仕入れてきてくれたのだ。そいつを無駄にはしまいと、刹那は鼻息荒く胸の前で拳を握るのであった。




