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佳苗におしおき

 だが、その数秒後。地上の誰もが予想できなかった事態に発展した。マシュは素早く触手を伸ばしたかと思うと、佳苗の脚をからめとったのだ。両腕を捕縛された時とは違い、空中で足をつかまれた場合、そのまま直立することはできない。重心が地上へと引っ張られた結果、佳苗は図らずも逆立ちを披露することとなる。

 ここで思い出してみてほしい。MSBの隊服はセーラー服をモチーフとしていたことを。そうなると、佳苗が履いているのはスカートである。そして、スカートを履いている状態で逆立ちをした場合どうなるか。


「ちょ、バカ、やめろし!」

 かろうじて自由になっている両手で、裾の乱れを必死に抑えている。隠しきれずに、時折チラリとピンクの下着が覗くのだが、それが却って丸見えよりも艶めかしい。あまりのハレンチ行為に、MSB隊員一同はしばらく硬直していた。一番役得だったのは、警備にあたっていた警察官や野次馬の男連中だっただろう。


「このスケベ! さっさと放せ」

「放すと死ぬよ?」

「……ッ」

 羞恥心により社会的に抹殺されるか。高度から自由落下して物理的に死ぬか。まさに究極の二択を迫られていた。とはいえ、同じ女性として、現状況を看過できるほど刹那は鬼ではなかった。


 無言で隊員からライフル銃を強奪すると、天へと空砲を撃った。「わお」と軽く驚いたマシュは、まっすぐに刹那を見据えた。

「その子を解放しなさい。さもないと、次はハチの巣にするわよ」

「意外だな。こうしてれば撃ってこないと思ったのに」

「あんたの飛行能力がどれほどかは知らないけど、人質を抱えたままじゃ全力で飛べないでしょ。もしかして、私の銃弾から逃げられるとか思ってる?」

「じゃあ、この子を盾にしようかな」

「そんな度量もないくせに」

 そう言い放った途端、マシュは大笑いした。正直、ハッタリだったのだが、あながち間違いでもなかったようだ。尤も、勝手に度胸試しに参加させられた佳苗は生きた心地がしなかっただろうが。


「うーん、本当はもっとお仕置きしたかったけど、せっちゃんに免じてこのくらいにしておいてあげるよ。やりすぎて殺しちゃったら、元も子もないし」

 言うが早いか、マシュは地上へと降り立ち、あっさりと佳苗を解放した。四つん這いで荒い息をたてる佳苗。しばらくして呼吸を整えたかと思うと、マシュへとライフル銃を突きつけた。


「殺す、殺す、殺す、殺す! あんたは絶対にぶっ殺す」

「物騒なんだから。次はもっと恥ずかしいことさせてもいいんだよ」

 マシュにウィンクされ、佳苗はとっさにスカートを抑える。

「先輩、触手の魔法少女って痴女なんスかね」

「否定はできないわね」

「否定してよ! せっちゃんのは本気で事故だったんだから」

「意図的に凌辱しようとしている時点で否定できないわよ」

「ああもう、冗談だってば、冗談! でも、殺そうとしてくるなら、こっちにも考えがあるかんね」

 これ見よがしに胸を張るが、刹那たちは笑う気になれなかった。仮に、本気で攻められた場合、どれほどの被害が出るか予想できない。せめてA班が合流してくれれば話は変わるだろうが、それより前に全滅なんて事態も現実味を帯びている。


 警戒心を露わに、刹那は腰を落とす。すると、マシュが急速接近してきた。ほぼ瞬間移動に近い速度で詰められたものだから、咄嗟には反応できなかった。

「ところで、せっちゃん、怪我してるよね」

「あ、あんたには関係ないでしょ」

「そんなツンケンしないで。ちょっと、おまじないしてあげよっかな」

 言うが早いか、マシュは触手に口づけをする。そして、間髪入れずにそれを刹那の足首におしつけた。


 すさまじい悪寒に襲われ、びっくりした猫のように刹那は後ずさる。

「いきなり気持ち悪いことしてんじゃないわよ」

「人間はよくやるでしょ。痛いの、痛いの、飛んでけってやつ。あ、ツバをつけとけば治るだっけ」

「だからって、本当にツバをつけるバカはいないわよ。逆に変なばい菌が入ったらどうすんの」

「大丈夫だと思うけどな。もしかして、口に直接の方が良かった?」

「余計悪いわ!」

 殴りかかろうとする刹那だったが、マシュはひらりと上空へと逃れる。そのままクスリと笑いながら一回転した。


「みんなお疲れみたいだから、遊ぶのはまた今度にするね。それじゃ、バイバイ」

「待ちなさい! 勝負はまだついてないし」

 佳苗がライフル銃を構えるが、既にマシュは射程圏外へと逃れてしまっている。結局、何をしに来たのか不明ではあるのだが、とりあえず余計な被害が出なかったことを喜ぶべきか。


 駆除したクリムゾンソックスの後処理に追われていると、A班の面子が応援にやってきた。真っ先に反応したのは佳苗だった。

「たいちょ~。大変だったんですからぁ」

「お、おう。大丈夫だったか、佳苗」

 マシュに向けていた敵意はどこへやら。気色悪さすら感じる猫なで声で永藤へと甘える。永藤もまた猫扱いするかのように下あごを撫でつつ、刹那へと尋ねた。

「例の触手の魔法少女が出現したと聞いたのだが」

「確かに出たわね。詳しくは言いたくないけど」

「癪だけど、私も刹那に同意するわ」

「一体、何をされたんだ?」

「永藤隊長、詮索しない方がいいッスよ」

 六花に肩を叩かれるが、永藤の頭の疑問符は増えるばかりだ。それが解消したのは、後にパンチラ事件まがいのことをされたとB班の隊員から聞いた時だった。


 命令違反を犯した刹那と佳苗にお咎めはあったものの、クリムゾンソックスの事件は無事に幕を閉じた。B班に多数の負傷者が出たものの、民間人の被害はゼロ。実害といえば、道路陥没という器物破損に留められたのは魔法少女による事件としては破格の成果だった。マシュに無断で攻撃した佳苗はともかく、刹那はこの一点を突っぱねてどうにかお説教をやりきった。

 刹那の介入がなければ、更なる被害が出ていたことを考慮し、今回は厳重注意とあいなった。尤も、西代長官からは「わたしをこれ以上ハゲさせるような独断行動はするな」と釘を刺されたが。


 マシュの動向に対するしこりは残ったものの、A班B班ともども勝利の余韻に浸っていた。だが、彼女たちはまだ知る由もなかった。MSB央間支部史上、最大最悪となる脅威が迫っていることに。

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