魔法少女出現
「なんだか騒がしいが、外出中か」
「刹那先輩とお出かけしてたッス」
「神崎か。面倒なことになりそうだが、有無を言っている場合ではない。非番中のところ悪いが、B班に緊急出動命令が下った。既に本部にいる隊員は出発準備を終えている。倉間隊員にも合流してもらいたいのだが、今どこにいる」
「央間市のスイーツバイキングッス」
「央間なら都合がいいな。現場は園部市。電車で三駅ぐらいだったはずだ。公共交通機関は動いているから、今から行けば合流できるだろう」
「了解ッス。任務とあらば、不肖倉間六花、参上するッスよ」
かすかに漏れ聞こえていた会話内容から緊急事態を悟った刹那は、六花から問答無用でスマホを強奪する。
「西代長官、どういうことですか。魔法少女出現なんて、連絡を受けていないですよ」
「神崎か。それもそのはずだ。君には連絡を入れていないからな」
あっさりと言い返され、刹那はしばし放心する。とはいえ、やすやすと引き下がるわけはない。
「どうしてですか」
「君はまだ足の療養のために出動禁止処分中だ。それなのに、魔法少女出現の報を入れるわけがないだろう」
あまりの正論に、刹那は奥歯をかむ。六花がスマホを取り返そうと指を伸ばしているのを無視し、なおも食い下がる。
「そうだとしても、いきなりB班に出動命令が下るのは変です。まずは、A班に連絡が行くのでは」
「実は、もう一体魔法少女が出現していてな。A班にはそちらの討伐に向かってもらっている。B班が退治する個体とは反対方向で、車で三十分はかかる。そちらの任務が終わるのを待つよりも、B班を出動させる方が手っ取り早いだろう。無論、A班出動の際に君に連絡がなかった理由は言わなくともわかるな」
またも正論に、刹那は歯ぎしりする。スマホを握りつぶされそうになり、六花が喚いていた。
「とにかく、出現場所の情報を送ったから、倉間隊員には即刻出動するよう伝えておいてくれ。それと、くれぐれも合流して戦おうとは思うなよ」
それだけ言い残すと通話は終了した。ようやくスマホを取り返した六花は、すぐさまメールを確認する。
「先輩、悪いッスけど、出動命令が出たッス。お金、置いときますから支払っておいてほしいッス」
財布から無造作に札束を取り出すとテーブルの上にたたきつけ、六花は来客の間を縫うようにして店外へと飛び出していった。
嵐が去った後の刹那は茫然と札束を眺めていた。だが、すぐに自我を取り戻すと、拳を握りしめた。
「私が魔法少女出現と聞いて、黙っていられると思うのかしら」
熱湯風呂ではないが、「押すな」と言われた芸人がいかなる行動をとるかは想像に難くない。まして、刹那に魔法少女の情報を与えたらどうなるかは、MSBの一員であれば周知のはずであった。だからこそ、今頃西代長官は禿頭を抱えていると容易に想像できる。
「へえ、魔法少女が出たんだ。ちょうどよかった。人間とも友達になりたかったけど、魔法少女とも友達になりたいんだよね」
さすがに一連の騒ぎを間近で聞いていれば、いかなる事態が起こったかは把握できるだろう。マシュがにこやかにすり寄ってきた。
「言っておくけど、あんたの出番はないわよ。三下の魔法少女であれば、私一人でも討伐できる。むしろ、話をややこしくしないためにも、来られたら困るわ。あんたを間違って倒すかもしれないし」
「けちんぼだな。ちょっとぐらい協力させてくれてもいいのに」
「あんたはバイト中でしょ。勝手に勤務時間を切り上げてはならない。これ、人間の常識よ」
釘を刺すと、刹那は六花が置いて行った札束の上に、更に札束を重ねた。実のところ、六花が置いて行った分で料金は賄えているのだが、指摘する間もなかろう。
「なかなかいい店だったわよ。今度はゆっくり食事させてもらうわ」
「ど、ども」
不意打ちで褒められ、マシュは目を白黒させる。手を伸ばそうとしたが、既に刹那の姿は人ごみの彼方へ消えていた。
嵐が去った後の店内。マシュは刹那たちが残した生クリームを指ですくい、なめとる。その様は外見の年頃に似合わず妖艶であった。
「もう、せっちゃんは分かってないな」
独り言ちながら、汚れた指を執拗に舐めまわした。
「私が待て、なんかできるわけないでしょ」
おもむろに他の店員を呼び止めると、あざとく小首をかしげる。
「ごめ~ん。ちょっと具合が悪くなっちゃったみたい。今日は早退していいかな?」
「ええ、マジ? 忙しい時間だから普通に困るんだけど」
「じゃあ今度、スイーツおごったげる」
軽くウィンクすると、店員は「しょうがないな」とバックヤードへと促す。マシュは「どもども」とわざとらしく手刀を切りながら、そそくさと引っ込んでいくのだった。
魔法少女の出現場所は園部市ということはチラリと聞いたが、詳しい場所は不明だ。しかし、それで諦める刹那ではない。こういう時に頼れる友がいるのだ。電話をかけると、スリーコールで繋がった。
「どうしたんだい。こどく・な・ばんどを見るのに忙しいんだ。用があるなら手短に済ませてくれ」
「アニメなんか見ている場合じゃないわ。あなたのことだから、魔法少女が出現したことぐらい把握してるでしょ」
「ボクの情報網を侮ってもらっては困るな。どちらの魔法少女について知りたいんだ」
「さすが純子ね。そこまで掴んでいるなんて」
駅方面に走りながら、刹那は口角をあげる。電話越しにアニメの主題歌と思われるポップスがかかっていたが、唐突に鳴りやみキーボードを叩く音が聞こえる。
「刹那の現在地からすると、園部市の魔法少女の方が近いな。園部駅から少し離れているけど、徒歩でも十分に行ける距離だ」
「私の現在地を把握していることはこの際不問にするわ。分かっている情報を送ってくれる」
「お安い御用さ」
勝手に携帯のGPSをジャックされたことは後で問い詰めるとして、刹那は着信のあったメールを開く。出現場所のほか、魔法少女の特徴まで事細かに記載されていた。走りながら一通りチェックすると、刹那は足を速める。ズキリと沈痛が走ったが、構っている暇はない。
「三下には間違いないけど、あの子たちの手に負えるかしら」
そう独り言ちながら駅の改札をくぐる。悪寒を予兆するかのように、ちょうど園部市へと向かう電車が発車した後だった。唯一の救いは央間市が一時間に一本しか電車が来ない田舎ではないことだろう。ただ、次の便が到着するまでの十数分が倍以上に感じられたのは確かだった。




