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スイーツバイキング

「あー、お腹空いたッスね」

 店を出て、刹那が軽くなった財布を振っていると、六花がお腹をさすりながら呟いた。ちょうど、学校ならば給食が配膳される時間となっている。刹那の腹の虫もまた、合唱を始めようとしていた。

「先輩、食べたいものとかないッスか」

「マドクナドル」

「確かによく食べに行ってますよね」

 刹那が挙げたのは大手ハンバーガーチェーンだった。学校帰りとかに寄るのであれば、悪くはない選択肢である。

「手軽に食べれて、そこそこお腹が膨れるから効率がいいのよ」

「単純にハンバーガーが好きなんじゃないッスか」

「う、うるさい」

 そっぽを向いているが、六花は知っている。前に「ハンバーガー余計に買ってきたッスけど、食べますか」と分け与えたら、子犬みたいに喜んでいたことを。


「マドクもいいッスけど、もっとしゃれたもの食べたくないッスか」

「しゃれたものね。あと、マドクじゃなくてマクナド」

「略し方は人それぞれでいいじゃないッスか。確か、この近くにいい感じの店があったはずッス」

「妙な店に連れていくつもりじゃないでしょうね」

「やだなあ、先輩が思うような店じゃないッスよ」

 怪訝に腕を組む刹那に、六花は冗談めかして腕を上下に振る。つい一時間前に前科があるので信用ならない。


 足が進まなかったが、六花がグイグイと先行するので、仕方なしに付き従っていく。ショッピングセンターを退出し、人の群れにもまれながら大通りを進んでいく。

 惨劇の現場とは別の通りではあるが、刹那はふと黒い影を追ってしまう。歩きながら談笑する人々の光景は、追憶とはかけ離れているはずなのに。


 知らずに浮かぬ顔をしていたのだろうか。六花が真正面からのぞき込む。「前見て歩かないと危ないわよ」とたしなめてデコを弾く。そのついでに刹那は自らの頬を叩いた。あいつを倒すまでは感傷に浸っている暇はないのだ。


 カップラーメンが五杯ぐらい出来上がるぐらいは歩いただろうか。たどり着いたのは女性向けに特化したような可愛らしい外装の一軒家だった。チョコレートを模した扉の上には「ヘンゼルとグレーテル」という看板が掲げられている。同名の童話に出てくるお菓子の家がモチーフなのだろうか。ところどころにキャンディーや生クリームのような装飾が施されている。

「まさか、魔女の棲家に連れて来たんじゃないでしょうね」

「やだなぁ、そんなとこに来るわけないッスよ。最近、SNSで話題になっていたスイーツバイキングのお店ッス。前から来たかったッスよね」

「スイーツバイキングってカロリーの暴力みたいなお店ね」

 浮足立っている六花をよそに、刹那はゲンナリと腕を垂らす。単語だけで胸やけがしてきそうだ。


「普段もハンバーガーというカロリーの暴力を食べてるじゃないッスか」

「あれは別腹よ。スイーツなんて、量のわりにお腹が膨れなくて非効率的じゃない」

「先輩、女子の思考じゃないッスよ」

 そういえば、トレーニングしながらプロテイン入りチョコバーを食べていたなと六花は思い出す。渋る刹那を押し込むように、二人はチョコレート型の扉を開けるのだった。


 外装も凝っていたが、内装もまた徹底して童話を再現していた。テーブルがペロペロキャンディになっていたり、柱がケーキのロウソクになっていたりする。世界で一番有名なネズミが住んでいるテーマパークみたいだと刹那は感心した。

 ここまで趣向を凝らした店をメディアが見逃すわけもなく、有名タレントが取材に訪れましたとのチラシがそこかしこに貼ってある。そのおかげもあってか、店内はほぼ満席となっていた。

「できたばかりの頃は毎日入店待ちの列ができていたみたいッスよ。すんなり入れてラッキーッス」

 実年齢が半分になったように六花ははしゃいでいる。前評判からして味は期待できそうだが、コンセプトが凝り過ぎていて刹那は余計に落ち着かなかった。ひょっこり魔女でも出てきそうな雰囲気である。


「いらっしゃいませー。お客様は二名様でよろしいですか」

 接客用語全開の底外れたテンションで、メイド服姿の店員が案内にやってきた。やけに胸が強調されていて、刹那は軽く嫉妬を覚える。人の良さそうな笑顔を浮かべ、クルリとカールした長髪を揺らしている。


 その店員と刹那が対面した途端、両者は「あーっ」と声をあげる羽目となった。

「あれぇ? せっちゃんじゃん。どうしたの、こんなところで」

「そっちこそ、なんでこんなところで普通に働いているのよ、マシュ」

 嫉妬するほどの胸といい、特徴的なクリーム色の髪といい、間違いなくマシュだ。魔女どころか、魔法少女と遭遇する羽目になるとは。


「先輩、この店員さんと知り合いだったッスか」

「あ、ああ、ちょっと、ね」

 六花の質問に歯切れ悪く答えながら、刹那はマシュを手招きする。小首を傾げながら、マシュは近寄って来た。


 二人だって店内の隅へと移動する。他に人がいないことを確認し、刹那はマシュを覆い隠すように壁に手を付く。

「おぉ、壁ドン」

「バカなことを言わないで。で、どういうつもり。まさか、この店を襲撃するんじゃないでしょうね」

「んんー、どうしてそう、物騒な方向にばかり考えが行くかな。普通にバイトしてるだけだよ」

 予想の斜め上の返答に、刹那は壁についている手の力を緩める。マシュにあっさりと引きはがされたほどだ。


「バイトって。よく潜入できたわね」

「普通に面接受けたら受かったよ」

 ブイサインで報告してくるものだから、刹那は頭を抱える。魔法少女を雇うなど、この店の店主は冗談抜きで魔女ではなかろうか。


 いや、マシュは触手さえ出していなければ、見てくれは普通の女子高生と大差ない。実際に、刹那が本屋で遭遇して魔法少女だと気づかなかったぐらいだ。

「それで、どうしてバイトなんか」

「人間社会で生活するためにはお金が必要でしょ。そんで、お金を稼ぐならバイトするのが一番。ここはすごいんだよ。まかないでスイーツ食べ放題なんだから」

 魔法少女のくせに一般流通している紙幣を持っていたことが引っ掛かっていたが、あっさりと解決された。まっとうな手段すぎて意外ですらある。


「先輩、どうしたッスか。早く席を取りましょうよ」

 置いてけぼりにしてきた六花が腕を振りながら呼び掛けている。マシュもまた、「仕事に戻らなきゃ」と制服の乱れを直していた。これ以上無意味に留まらせては、あらぬ誤解を招くだけだろう。刹那がしぶしぶ六花と合流するや、マシュは軽快な足音を立てながら仕事に戻っていくのだった。

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