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服を買おう

 日曜日の午前十時、央間駅前。行楽客で賑わう広場で、六花は柱を背にしてスマホをいじっていた。ボーダーシャツにワイドパンツというマリンルックで決めている。折しも汗ばむ気候であり、無意識に手で首筋を扇いでしまう。


 約束の時間から三分が経過しようとしている。堂々と重役出勤してきた相手に文句のひとつでもぶつけようと思ったが、相手が相手なので強く言えない自信がある。

「一応、お待たせと言っておくわ」

 ようやく、お目当ての人物が現れた。アホ毛がピコリと跳ねる。

「先輩! 待ってた、すよ」

 遊園地のジェットコースターのような口調の変化だった。


 待ち合わせ相手の刹那は、部屋着でそのまま出歩いているといっても過言ではなかった。よもや、学校の体育の授業でしかお目にかかれないような恰好と出くわすとは思ってもいなかったのだ。

 当の刹那は、六花が酸欠の金魚になっているのが不思議でならなかった。別におかしなところはないはずだ。念のために倶利伽羅丸を帯刀していこうかと思ったが、魔法少女討伐の命令が下されていない時に持ち歩けば銃刀法違反の対象となってしまう。そいつを所持していない以上、訝しむ要素などあるのだろうか。


 六花は無言のまま刹那に近寄ると、ポンと肩を叩いた。

「先輩、服を買いに行きましょう」

 その目からはありありと憐憫が感じられた。刹那はただただ首を傾げるばかりであった。


 六花に半ば引っ張られるように連れてこられたのはショッピングモールだった。有名ブランドの専門店などがテナントを構えており、刹那たちよりやや年上の女性客で賑わっていた。

 普段、この手の店に訪れることのない刹那は、初来日した外国人のような足取りだった。彼女の名誉のために言っておくと、決しておしゃれな服を持っていないわけではない。ただ、非番の時はひたすら鍛錬に明け暮れているために、着る機会がないだけである。


「いきなりこんな店に連れてこられるなんて意外だったわ。あなただったら、『先輩はジャージ姿も素敵ッス』とか褒めそうなのに」

「佳苗だったら『永藤隊長のジャージ姿素敵です』と言うかもしれないッスね。あと、わたしの真似、六十点ぐらいッスよ」

「そこは拾うのね」

「ともかく、わたしは先輩にはきれいでいてほしい派なんです。っていうか、どうしてジャージで来ようなんて思ったッスか」

「動きやすいから」

「うん、先輩のそういうとこ好きッス」

 やけくそになりながら、六花はサムズアップする。褒められたようで褒められた気がしないのは何故だろうか。


 手慣れた様子で六花は商品を物色している。その間、刹那は手持ち無沙汰で壁によりかかっていた。正直、洋服売り場にいい思い出はない。あの時の記憶がフラッシュバックしてしまうからだ。さっさと退散したかったが、後輩の好意を無碍にするのも悪いだろう。

「とりあえず、これを着てくれませんか。絶対に先輩に似合うと思うッス」

 上の空になっていたところ、六花が紙袋を渡してきた。よもや、もう購入してきたのか。半ば押し込まれるように、更衣室へと突入させられる。


 急かされるままにジャージを脱ぎ、袋の中身の衣装に着替える。薄い青のブラウスとミニスカート。アクセントだろうか、網タイツやネクタイ、キャップまで揃っていた。鏡に映る自分の姿を前に刹那は違和感を覚えていた。どうにもこの衣装、どこかで見たことがあるのだ。


「うん、自分の目に狂いは無いッス!」

 着替え終わってカーテンを開けるや、六花に絶賛された。近くにいた買い物客が二度見したのは気のせいだろうか。

「ねえ六花。なんか変じゃない」

「いや、バッチリッスよ。そうだ、こうやってみてください」

 六花の真似をして、刹那は右の中指と親指を立て、左手で包み込むように支える。さながら、指鉄砲を撃とうとしているかのようだ。

「それで、逮捕しちゃうぞって言ってみてください」

 あまりに場違いなセリフだ。しかも、なぜか六花はスマホのカメラを起動している。


 眉を潜めつつも刹那は「逮捕しちゃうぞ」と鉄砲を撃つ真似をする。連射されるシャッター音。そこまでやってようやく、違和感の正体に気づいた。

「っていうか、これミニスカポリスじゃない」

「痛い! 痛いッス」

 六花にグリグリでお仕置きをする。きちんと着用するまで気づかない刹那も刹那であるが。


「こんな衣装、どこから持ってきたのよ。この店、コスプレショップじゃないわよね」

「トン・ホキーテで買ったッス。前々から先輩に着てもらいたかったッス」

「堂々と他店の商品を持ち込んでじゃないわよ」

 大型ディスカウントショップのコスプレグッズなんか陳列されているわけはない。六花の思惑からするに、単に更衣室を借りたかっただけだろう。


「そんなにカッカしないで下さいッス。次は真面目に選びますから」

「また妙なのを持ってきたら倶利伽羅丸の餌食にするわよ」

「冗談抜きで死ぬのでやめてください」

 口癖も忘れ、真顔で謝罪する六花であった。刹那が空気の刀を抜き差ししている辺り、本当に冗談では済まされないだろう。


 それから数分して、ハンガーがかかったままの衣服を数点携え、六花が戻って来た。刹那は慎重に確認し、「少なくともさっきのよりはマシね」と判断を下す。

「先輩、四十秒で支度しなッス」

「四十秒後にカーテンを開けたら殴るわよ」

「その昔、バラエティでこんなことやってたみたいッスけどね」

「あんたは、どこからそういうしょうもない情報仕入れてくるのよ」

 お昼に早着替えして熱湯風呂に入るテレビ番組をやっていたらしいが、刹那達が生まれるよりも前の話だ。その情報網を魔法少女探索に活かせないのかと辟易しながら、刹那は更衣室のカーテンを閉める。


 艶めかしく届く布擦れの音。六花は割と本気で四十秒経過したら御開帳しようかと画策していた。ただ、間違いなく自分の命を生贄に捧げることとなる。刹那のあられのない姿と共に天に召されるのならば悪くはない。だが、そういう思想は佳苗に任せておくべきだ。彼女なら間違いなく、四十秒後にカーテンを開ける。


 リビドーと格闘しながら、カーテンに手を伸ばしては引っ込める六花。宣告した時間の十倍はかかっただろうか。ようやくカーテンが開け放たれる。

 魅惑的にスカートのホックを気にしつつ、スラリと長い生足を披露している。あえてシンプルなワイシャツにワイルドなジャケットがより際立つ。野暮ったいスニーカーがやや不満だったが、アクティブさを重視したこのコーデならむしろアリだろう。


「いやあ、わたしの慧眼に狂いはなかったッス。やっぱ先輩はクール系が似合うッスね」

「まあ、悪くないわね」

 そっけなく感想を述べた刹那だったが、内心では素直に感心していた。鏡に映る姿は自分のようで自分でないみたいだ。先ほどとは違う意味で二度見されたのは気のせいではあるまい。


 本気で後輩を殴りつける気でいた刹那は、逆に肩透かしをくらった気分だ。唯一不満点を挙げるとするなら、下半身が心もとないことだろう、つい最近、公衆の面前でパンチラを披露してしまった身としてはなおさらである。

 もう一つの誤算としては、余裕で予算オーバーしてしまったことである。六花はおごるつもりでいたようだが、最終的に私服となる物にお金を払わせるのは先輩としての沽券に関わる。最終的には折半で落ち着いたのだが、それでも刹那の財布の大部分を吹き飛ばしてしまった。

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