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やかましい後輩

 バーニングレッドとの戦闘からひと月が経過した。足の火傷はだいぶ治まってきたが、医師からは念を押されて療養を続けることとなった。刹那としてはさっさと戦線に立ちたかったのだが、西代長官からも不許可を下されては手の出しようがない。


 ある日の昼下がり。MSBの食堂は隊員たちで賑わっていた。普段の食事は食堂で賄われており、栄養等を考慮したメニューが提供されている。例えば、今日の昼食はハンバーグにサラダ、ライスにスープだった。そのメニューから、隊員たちからは専ら「給食」と評されていたりもする。


 気心の知れた仲間数人で会食をする者がほとんどだ。その中で目立ってしまっていたのが刹那だった。窓際の席で黙々と一人でハンバーグを口に入れている。

 たまに、他の隊員がひそひそ話をしているのが耳に入るが、今更気にしたところで仕方がない。正直、食事ならば秒単位で済ませられるエナジーゼリーで十分だと思っている。食堂を利用しているのは、提供される食事が無料だから、コスパを重視した結果だ。


 刹那の名誉のために注釈しておくと、一緒に食べる仲間がいないから、一人で食べているのではない。それこそ、純子を誘えば応じてくれるかもしれないが、わざわざコンビニのジャンクフードを運ばせていることからお察しの通りだろう。

 むしろ、あえて一人で食べていると言ってもいい。なぜなら、勝手に相手がやってくるからだ。


「先輩! 一緒に食べましょうよ」

 許諾した覚えもないのに、アホ毛をピコピコ揺らしながら、小柄の少女が勝手に同席してくる。刹那よりも一つ下の年齢のはずだが、やかましい声量と背丈から小学生かと勘違いしてしまう。

「また来たの、六花」

「はい! 倉間六花隊員、本日も無事に帰還しました」

 元気よく六花は敬礼をする。刹那は無視してスープをすすった。


 倉間六花。MSB央間支部の予備戦力であるB班に所属する隊員である。屈託なく刹那に話しかけながら、勢いよくハンバーグを平らげていく。

「先輩、足の調子はどうッスか」

「順調とは言えないけど、前よりはマシになったわね。さっさと魔法少女をぶっ潰したいわ」

 大やけどを負ってひと月で不自由なく歩き回れている時点で順調としか言いようがない。どこが流石なのか分からないが「流石ッス」と感心しながら、六花はハンバーグの最期の一口を咀嚼した。


「魔法少女といえば、妙な奴が現れたそうッスね。マシュでしたっけ。人間と友達になりたい魔法少女なんて珍しいッスよね」

「まあ、いずれは倒すけどね」

「おお、ブレないッスね」

 六花は身を乗り出してくる。いちいち称賛するのはどうにかできないものだろうか。


 彼女との出会いは、六花がMSBに加入した直後だった。B班の面子を紹介された時に、

「刹那先輩、会いたかったッス」

 と、いきなり言い寄られたのだ。なんでも、テレビで刹那の活躍を見てMSBに憧れ、自ら志願して入隊してきたそうである。


 以降、なにかにつけては刹那に付きまとってくる。なんというか、異様に懐いているワンコみたいだった。物欲しそうに刹那の食べかけのハンバーグを見つめていたので、半分分けてやったら喜んでがっついていた。


 刹那が食後のコーヒーをすすっていると、三人の少女たちが近寄って来た。中央にいる少女は茜色の髪をサイドポニーに纏めており、戦闘部隊というよりは都会で遊んでいそうなギャルといった印象を受ける。

「六花、また刹那に絡んでるの。本当に飽きないわね」

「いいじゃないッスか、佳苗。どうこう言われる筋合いはないッス」

 クスクスと揶揄する佳苗に、六花はムキになって反論する。取り巻きである少女二人もひそひそ話をしていた。


「えっと、あんたは仁藤佳苗だったかしら。なんか用?」

「別に~。いつも一人で食べている人が会食しているから、珍しいと思っただけです~」

 憎まれ口を叩きながら、佳苗は腕を組む。別に、B班に所属している彼女を脅威とは感じていないが、胸囲は地味に刹那より上なのは見逃せなかった。


「刹那先輩はスゴイんスよ。本当なら永藤先輩じゃなくて、刹那先輩が隊長になるべきッスから」

 実力だけ鑑みるならありえなくはない。ただ、刹那の性格からして、隊長に据えるのは問題があるという、お上からの賢明な判断の結果だ。

「はぁ、分かっていないわね。真のカリスマは単純に戦闘力が優れているだけじゃダメなの。その点、永藤隊長は完璧だわ。統率力、機知、腕力、走力、跳躍力。どれを挙げても、部隊最強。MSBの暴れ馬なんか目じゃないわ」

 夢見る少女になっている佳苗に、取り巻き少女はお手上げのポーズをとる。


 佳苗の永藤信仰は今に始まったことではないが、好き勝手言われて黙っている刹那ではなかった。

「あんたら、私のことを暴れ馬とか言ってるけど、馬ならばいつもポニーテールにしている永藤の方が似合うんじゃない」

「甘いわね。永藤隊長は馬は馬でもサラブレッドなの。駄馬であるあなたと一緒にしないで」

「なるほど。永藤隊長はウ○娘だったッスか」

「アホなこと言う口はこの口か」

「いひゃい、いひゃい、ひっひゃらひゃいへくらはーい」

 口裂け女にならないか心配になるほど、佳苗は六花の頬を引っ張っている。下手に反応したことを後悔する刹那であった。


 一通り乳繰り合った後、佳苗は「コホン」と咳払いをする。

「そういえば、もうすぐ班の再編成があるみたいよ。戦績によってはA班に入ることも可能。今度こそ、永藤隊長と一緒の班になって、私が隣に立つんだから」

「ずるいッスよ。A班に入るのはわたしッス。それで、刹那先輩の隣に立つッスから」

「真似すんじゃないわよ。A班に入るのは私よ」

「わたしッス」

「あんたら、出会って喧嘩しかできないわけ」

 ゆっくりと食後のコーヒーを楽しみたいのに、やかましい後輩二人が許してくれそうもない。両者とも、前回の班編成の際に経験不足を理由にB班に配属された経緯がある。刹那の目からしても、実力だけならA班のメンバーと遜色ないので、昇級してくる可能性は高い。同班になっても、やかましいだけだろうが。


「うるさいと思ったら、またあなたたちか」

「隊長」

 つっけんどんな態度はどこへやら。たまたま永藤が通りかかったところ、佳苗は語尾に「ハート」が付きそうな猫なで声ですり寄った。ぴったりと密着し、上半身をこすりつけている。


 さっきまでライオンのようだったのに、すぐさま飼い猫みたいになれるとは。不覚にも感心してしまった刹那であった。

 すると、六花が無言で刹那の腕にしがみついてくる。こちらもこちらで、コアラか猿かと思われる吸着力だった。刹那の腕力を以てしても引きはがせそうにない。


 意固地になって密着し続ける後輩二人。刹那と永藤は互いに乾いた笑いを交わし合うのだった。

「あんたも大変ね、永藤」

「あなたもね」

「せっかくだから、そいつを連れて帰ってくれると嬉しいわ」

「うん、了解した」

 永藤が立ち去ると、引きずられるように佳苗も付いていく。取り巻きたちは口を開きかけたが、そそくさと退散するのであった。


「で、いつまで引っ付いてるわけ」

 永藤と佳苗の姿が消えてもなお、六花はひっつき虫になっている。童顔だが整った顔立ちであり、そんじょそこらの男であれば、こんなことをされたら勘違いするだろう。

 ようやく六花が腕から離れ、刹那はそそくさと袖を正す。やけに生暖かく、残り香が鼻をついた。


「そうそう。刹那先輩、今度の日曜は空いてるッスか」

「鍛錬で忙しい。と、言いたいところだけど、残念ながら暇なのよね」

「なんで暇なのにこの世の終わりみたいな顔してるッスか」

 急に連休を言い渡されたブラック企業の社員みたいだと思ったが、間違っても口に出さない六花であった。

「暇なら、一緒にお出かけしませんか? わたし、今度の日曜は非番で時間があるッスよ」

 テーブルを揺らしながら提案する。しばし逡巡した刹那であったが、「別にいいわよ」と二つ返事で承諾した。することもなく無為に時間を過ごすよりは、後輩のご機嫌取りをした方が有意義な時間を過ごせるだろう。


 了解を得られたことで、六花は「日曜は駅前に集合ッス」と言い残し、飛び跳ねながら食堂を去っていく。自分にはやかましい連中を引き寄せるフェロモンでもあるのか。刹那はそう思いつつ、未だに残り香がある袖に鼻をこすりつけ、そそくさと食器を片づけるのであった。

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