刹那と純子の二つ名
次に刹那が目覚めた時は病院のベッドにいた。包帯でぐるぐる巻きにされた両手に視線を落としながら、呆然と悠久の時を過ごすこととなった。
家族全員を失ったと知ったのはそれから更に後のことだった。数年経った現在でもフラッシュバックする惨劇。未だに姉の最期だけがどうしても思い出せない。残されているのは年端のいかない少女が受け入れるにはあまりにも大きな喪失感。そして、すべての元凶であるあの魔法少女への憎悪であった。
D事件を体験した者のごく一部に過ぎない刹那の記憶を巡ってもこの有様なのだ。あの事件でどれほどの人間の人生が狂わされたことか。
実際、D事件によって魔法少女に関する常識が一変したといっても過言ではない。この事件以前にも、超人的な存在による傷害事件は発生していた。だが、人間が火を吐いただの、常軌を逸した犯行手段であったこと。加えて、被害規模がごくわずかであったことから、ただの都市伝説ではないかとの見方が強かった。
しかし、D事件は二つの点であまりにも特異であった。一つは、単独犯による殺傷事件として過去最悪規模の被害を出してしまったこと。そして、もう一つは、五年経過した現在でも主犯格であるデッドリーパーの「駆除」に至っていないことだ。
「D事件は本当に衝撃的だったよ。こいつをきっかけとして、政府は魔法少女を『これまでの人間の戦力を以て駆除することが困難な特別危険外来種』と認定。そこから急ピッチで対策会議が開かれ、MSBの設立に至る、だっけな」
端折ってはいるが、MSB設立の経緯は純子の発言通りだ。現状、魔法少女は「人間」ではなく「害獣」とみなされている。躊躇なく武力行使できるのも、そのためである。
「正直、デッドリーパーを倒すのはマシュを倒す以上に難儀かもしれない。つい最近も、こんな記事が上がっていたぐらいだし」
そう言って、純子はネット記事を広げる。「死神の魔法少女の脅威! MSB敗走」と銘打たれたゴシップ記事のようだ。
内容を要約すると、死神の魔法少女が出現したとの一報を受け、MSBが出動。央間支部と同じく十数人規模の部隊であったが、全員が返り討ちに遭ったとのことだ。しかも、二名がこの時の傷が元で死亡。残りの隊員も再起不能の重傷を負った者がほとんどという有様である。
「確かに、央間支部A班は全国でも最強レベルとも称される戦力を誇っている。だが、それに負けず劣らずの別働部隊が壊滅したんだ。ましてや、単独撃破なんて望めそうもない。と、忠告しても無駄だろうね」
「分かってるじゃない」
刹那は勝手に純子のポテチを拝借してパソコンと睨めっこをしている。そんな彼女に純子はお手上げのポーズを取るのであった。
「まあ、まずは足の火傷を治すことだね。いくらMSBの暴れ馬といえど、今のままでは満足に暴れられまい」
「言ってくれるじゃない、不夜城の主」
「その異名はやめてくれないかな。ボクだって、別に戦いたくないわけではないのだから」
純子はそっと膝にかかっていたブランケットを取り除く。お目見えしたのは電動の車いすだった。
「あなたのその怪我と比較すると、不謹慎だけど私の火傷が可愛く思えてくるわ」
「同情するのはよしてくれ。もう歩くことはできないってのはとっくの昔に受け入れたからさ。君にはボクの分まで恨みを晴らしてくれればいいさ」
うそぶく純子の顔色が薄暗かったのは照明のせいだけではないはずだ。最近加入した事情を知らない隊員からは、「ずっと部屋に引きこもっている不夜城の主」と揶揄されているようである。だが、純子がこうなったいきさつを知っている刹那としては、真っ向からぶん殴ってやりたくなる。そうしないのは、当人から止められているからである。
ちらりと時計を確認すると、小学生なら布団に入っていてもおかしくない時間となっていた。刹那は襟を正すと、ドアノブに手をかけた。
「色々と情報が手に入って助かったわ。また、新しいネタが入ったらよろしく」
「ああ、待ってくれ。次に来る時はガロナチョコ二つを忘れないでおくれ」
「あなたにしてはまともなリクエストね」
お暇しようとした刹那を呼び止めた純子は、ピースサインを取りながらお願いをした。刹那が首を傾げていると、純子はにやけ顔を隠さずに言った。
「忍者×家族とのコラボクリアファイルがもらえるんだ。推しの娘のアンナのやつを頼むよ」
親指を立てる純子に、刹那はあきれてものが言えなくなる。コンビニのアニメとのコラボキャンペーンのことを言っているのだろう。「善処するわ」とだけ言い残し、刹那は部屋を後にするのだった。
 




