人類の敵魔法少女
買い物客で賑わう繁華街。いつもと変わらぬ平和な日常がそこには流れていた。そのはずであった。
それが一瞬で破られたのは人々の悲鳴だった。何者かから逃げ惑うように、方々に散っていく。ゆっくりと歩み寄って来るのは一人の少女だ。
単なる少女であれば逃亡する必要性は無い。また、通り魔の凶行だったとしても、少女の膂力であれば取り押さえられなくもない。なのに、一様にして逃げの一手に徹しているのはなぜなのだろうか。答えは「彼女は単なる人間ではないから」だ。
無造作に髪を伸ばしている他は一見すると年端のいかない少女である。フリルのついたドレス風の服装が異様ではあったが、アニメのコスプレと捉えれば分からなくはない。もっと不可解なのはとある体の部位だった。
ジャキジャキと不気味な音を鳴らす手首。もちろん、普通の人間の手首がそんな音を鳴らせるわけはない。端的に言うと、手首から先がハサミになっていた。
特撮番組にしか出てこないようなカニ人間。着ぐるみではなく、生身の人間が両腕だけハサミをつけている。風貌は少女でも、あまりにも異様な姿に恐れを抱くのは当然であろう。
おまけに、ハサミが飾りではないことが拍車をかけていた。彼女の進行方向の先にガードレールがある。避ければどうということはないのだが、彼女はその些細な行為が鬱陶しいと思ったのだろう。右のハサミで支柱をガチリと挟むと、強引にぶった切ったのだ。
当然のことながら、ガードレールを分断できる両腕ハサミの不審者を放置しておくわけはない。逃亡を図る人々と入れ替わるように、機動隊たちが拳銃を構えながら猛然と立ち向かっていく。
「そこの魔法少女、止まりなさい」
交通違反の車を停める要領で呼びかける。魔法少女は言いえて妙だが、コスプレとしか思えないドレスからすると存外違和感はない。ともあれ、魔法少女は聞く耳を持たないのか、ゆっくりと進行を続ける。
「素直に退散してくれないか。時間稼ぎでどれだけの被害が出るか」
「MSBの連中がすぐ来るだろう。それまでの辛抱だ」
舌打ちしながらも拳銃の標準を魔法少女に合わせる。銀行強盗グループを鎮圧せんという勢いで凶器を向けられても、魔法少女は怯む様子はない。
盾の陰より集中砲火が開始される。まともにハチの巣にされ、さすがに歩みを止める。防弾チョッキすら装備していない生身の人間であれば、とっくの昔に絶命しているだろう。本来、器物破損しか犯していない不審者相手にいきなり発砲するなど御法度である。だが、そうしなければならない理由はすぐに判明した。
銃弾の直撃を受けたにも関わらず、魔法少女は未だ健在だった。全身が血だらけになっているので命中しなかったわけではない。なのに、怪我らしい怪我をしていないのだ。
「再生力が異常だとは聞いていたが、実際に目の当たりにすると萎えるな」
「泣き言を言っている場合ではないだろう。銃弾を切らしても構わん。とにかく撃ち続けるんだ。さもないと」
不穏な前振りを実現したかのように、ひときわ大きな悲鳴が響き渡る。機動隊員の一人が盾ごとハサミに挟まれ持ち上げられていたのだ。万力にかけられているように、徐々に肉体が圧殺されていく。
銃弾すら防ぐ重厚のシールドであるが、メキメキと亀裂が入る。そもそも人間を片手で持ち上げるだけでも異常ではあるが、盾すら破壊しかねないとは手がつけられない。助けに入りたいところだが、遠距離射撃は効果がなく、近づけばハサミの餌食となる。このまま同僚が真っ二つにされるのを指を咥えて待っているしかないのか。
誰しも諦めかけた頃、ひときわ大きな銃声が響いた。いくら銃撃されてもびくともしなかった魔法少女だったが、この一発でうめき声を出した。同時に、機動隊員を拘束していたハサミが緩む。こぼれ落ちるように脱出した隊員を他の隊員が救出に向かう。
致命傷には至らなかったが、ダメージらしいダメージを与えたのは僥倖だ。とはいえ、一体何者が一撃を放ったのか。
すると、軽快な足音とともに、制服姿の集団が駆けつけて来た。その数は十数人だろうか。制服といっても、機動隊員のような軍服ではない。動きやすいように改造されているも、どこからどう見ても学校のセーラー服である。そして、それを着用しているのはうら若き女子高生たちであった。
機動隊員でさえ苦戦する相手に女子高生の集団など烏合の衆でしかない。普通ならそう思うだろう。だが、機動隊員の中には歓喜の声をあげる者すらいる。入れ替わるようにして前線に立った彼女たちは、一様にライフル銃を構えた。
「ようやく到着というわけか」
「彼女らに任せるしかないというのは口惜しいですな」
「まったく、MSBの重役出勤にも困ったものだ」
「仕方ないでしょう。彼女らは普段は普通の女子高生らしいですし」
隊員は口々に女子高生たちを評する。どうやらMSBと呼ばれている彼女たちは、迷うことなく魔法少女に銃弾を浴びせた。
やはり決め手には欠けるものの、目に見えたダメージを与えられている。攻撃している隊員数は機動隊と大差はない。使用している銃の性能の差ということもある。だが、殺傷能力の高い銃を難なく使いこなしているところからして、MSBの少女たちの身体能力の非凡さがうかがえる。
やがて、リーダー格と思われる少女が右手を挙げる。それを合図に一斉射撃が中断された。
「敵魔法少女の耐久力は予想以上ね。おそらく、あのハサミが盾にもなっていると思う。周辺を取り囲んで、防御が手薄な部分を徹底的に狙うわよ」
「はい、永藤隊長」
髪をポニーテールにしたツリ目の長身少女永藤の号令を元に、他の隊員たちは魔法少女の背後に回ろうとする。
もちろん、思惑通りにはさせまいと、魔法少女はハサミで襲撃してくる。隊員たちは軽快な足さばきでそれを回避する。厳しい訓練を積んできた機動隊員に顔負け。いや、それを凌駕せんほどの勢いだ。
そして、指示通りに魔法少女の包囲網が完成する。そう思われた時だった。
「覚悟しなさい、魔法少女」
MSB隊員たちの中から一人の少女が抜け出してくる。他の隊員の追随を許さないスピードで魔法少女に肉薄していく。
「またあいつは。刹那、命令違反よ」
「ダメよ。魔法少女のことになると聞く耳持たないんだから」
声を張り上げる永藤に、側にいた隊員はお手上げのポーズを取る。
永藤と同じくスレンダーな美少女ではある。だが、おかっぱ頭の大和撫子という雰囲気から、彼女の方が柔和な雰囲気を与える。ただし、実行動は彼女の方が過激だ。一切速度を緩めることなく、まっすぐに魔法少女に接近している。
「接近戦は愚策中の愚策なのに、どうするつもりかしら」
永藤はお手上げとばかりにため息をつく。ハサミが武器の魔法少女にとって、近距離戦は望むところ。あえて敵の得意間合いに踏み込むなど、考えなしであれば底なしのバカだ。
おまけに、MSBの主力武器であろうライフル銃すら所持していない。ただの自殺行為か。もちろん、魔法少女も恰好の獲物を逃すはずもない。巨大なハサミをガバリと開き、刹那を拘束しようとする。
それは一瞬の出来事だった。ズバッという音が響いたかと思うと、巨大なハサミが切断された。
突然、手首から先が消失し、魔法少女は奇声をあげる。それだけにとどまらず、残っていたもう一方のハサミも根本から切り落とされる。被害を受けた当人のみならず、傍観していた隊員たちも唖然としていた。
局部破壊を成し遂げた要因。それは、刹那が帯刀する日本刀だった。血の滴るそれを、刹那は冷たい視線とともに魔法少女の首に突きつける。
「相変わらず滅茶苦茶な威力をしてるわよね。刹那の倶利伽羅丸って」
倶利伽羅丸。龍が螺旋を描いているような造形の柄が特徴的な刹那の愛刀だ。銃撃を受けてもビクともしなかった魔法少女の体を真っ向から切断したのである。もはや呆れるしかないのも頷ける。
胸の傷を高速再生してきた魔法少女だったが、さすがに部位破壊されてしまっては蘇生もままならないらしい。意味の分からないうめき声を発しながらうろたえている。そして、そんな魔法少女を見逃す刹那ではない。
「死ね」
ただ一言言い残すと、魔法少女を袈裟懸けに一刀両断する。胴体から真っ二つにされた彼女は肉塊と化したも同義であった。
スタンドプレイに頭を抱えつつも、永藤はMSB本部に討伐完了の報告を入れる。他の隊員は機動隊と協力し、魔法少女の死骸の処理に向かう。
すまし顔をしている刹那に、報告を終えた永藤は詰め寄る。
「あんたの命令違反は今に始まったことじゃないけど、いい加減にしてもらえないかな。これは遊びじゃない。私たちで確実に魔法少女を討伐する。それが任務のはず」
「別に問題はないはずよ。手段はどうあれ、魔法少女は倒したから」
叱責されているはずなのに、あっけらかんとした口ぶりだ。責めているはずの永藤が二の句を告げなくなってしまう。
「人類に仇なす魔法少女は私が駆逐する」
倶利伽羅丸を帯刀すると、呼び止める声を無視し、颯爽と現場を後にするのであった。
魔法少女。年頃の少女がある日魔法の力を手に入れ、困っている人を助けたり、強大な敵に立ち向かったりする。時代と共にヒロイン像は変化しつつも、一貫して夢や希望を与える存在であった。
だが、現代において魔法少女の持つ意味合いは全く異なる。一言でいえば「人類の敵」だ。六年前に突如として現れた異形の少女は暴力の限りを尽くし、多くの犠牲者を出した。人智を超えた身体能力と特殊能力を有し、華やかなドレス姿の少女を人々は畏怖と共にこう呼ぶしかなかった。「魔法少女」と。
魔法少女討伐特殊部隊MSB央間支部。そのシャワー室で一人の少女が汗を流していた。
全体的に無駄のない肉付きに触れるのも憚られる柔肌。返り血を落としているだけだが、その姿は美の女神であるヴィーナスすら彷彿とさせる。唯一残念なのは、平坦といっても差し支えないほど胸が無いことだろう。もちろん、その話題を口にするのは御法度なのは言うまでも無い。
彼女の名は神崎刹那。MSB最強クラスの隊員であるとともに、最大の問題児である。