最終日:滅んだ世界で
街に入って、俺たちはとりあえず親父の墓を目指して歩んだ。
「瓦礫多いね」
「瓦礫の下敷きになったら死ぬぞ」
この街は、前と変わらない。海に面しているからか、前々から劣化が激しい。お陰で何回死にかけたことか。
「そういえば、お父さんすごかったよね。病気してても何処の床が落ちるか、とか、そういうの瞬時に判断しててさ」
「『経験が』って言ってたけど、今の俺たちでもできねえよ」
「ね。あの人やっぱすごいよ。流石死の大地で生まれた人は格が違う」
「だったら俺たちもそうだろ」
「それもそうだね」
気を紛らわすように下らない会話をしながらゆっくり歩く。
親父の墓に近づくにつれ、見覚えのある場所が増えてきた。
「あ、あそこでよく遊んだよね!あっちは確か、トイレとして使ってたね。ヒロに覗かれたりしてさ!」
「あ、ああ、そう、だったな」
「...」
足がさっきよりも断然に重く、全然進まない。ここまで酷くなるとは思わなかった。
前々から感じてる焦燥感は増す一方だ。それなのに、怯え?故も知らない恐怖心のせいで、思うように動かない。
心が急かし、体がそれを拒む。
「ハァ...ハァ...」
いつの間にか息が上がっていた。
その時、誰かの手が俺の背中をさすった。
「大丈夫、焦る必要はないよ。ゆっくり歩こう」
「あ、ああ」
ミナの優しさのお陰で、少しだけ和らいだ。だが、消えることはない。苦しい。一体何なんだ。悪寒がする。
いや、これは、この感覚は...。
「何か、思い出さないと...いけないことがある」
息を切らしながら告げると、ミナは優しい声色で「うん」と言った。
「ゆっくりで良いよ。歩くのも思い出すのも、焦らなくて良い」
「ああ、ありがとう」
「ヒロなら出来る。乗り越えられるよ」
ミナが俺の肩を支えてくれた。
進もう。進めば、思い出せそうだ。
「大丈夫?」
「ああ...ハァ...」
吐き気がする。胸が痛い。頭も痛い。でも、着実に思い出している。
あの場所で遊んだこと。あの場所で転んで泣いたこと。あの場所でミナが釣りをしたこと。あの場所でミナと一緒に夜空を見たこと。
あの場所で...ミナが...。
「あ...」
その時、俺の足は大きな瓦礫の前で止まった。
生ぬるい潮風が髪を撫でる。波の音が耳に響く。
「こ、れは」
何かの金属が、瓦礫に挟まっている。見覚えがある。
思わず俺はそれに手を伸ばした。
引っ張るとそれは、銀色に輝くペンダントだった。
「開いてみて」
ミナが言った。
鼓動が早まる。
ここにペンダント?親父の墓にあると思っていたが。
震える手を蓋に当てて、中を開いた。
「あ...」
そこには、俺と親父、そしてミナが写った写真が入っていた。
『じゃ、言ってくるね』
『気を付けろよ』
ミナと俺の声だ。
その写真を見た瞬間、俺は全てを思い出し、体から力が抜けた。
「大丈夫、落ち着いて」
「...」
「私が付いてる。一歩ずつで良いから、歩こう。ね」
「......」
俺は胸を押さえつけながら、震える足でゆっくりと立ち上がり、再び歩き始めた。
「声に出した方が、心の整理がつきやすいよ」
そう言われて、俺は口を開けた。声に出すのも勇気が要る。でも、言わないと、ダメな気がする。
「1年前、ミナが図書館で、一冊の本を取った。そこには『大切にしてきた物には、死後、魂が乗り移る』と書かれていた」
「うん、そうだったね」
「それでミナはその後...『親父のペンダントを取りに行こう』って言ったんだ」
「お父さんはあれ大事にしてたからね。大事にしてたものに魂が移るなら、それを持っていれば、お父さんと一緒に旅ができるんじゃないかって思ったんだよ」
「俺はミナと一緒にアイリアに戻った。それで、親父の墓に行って、埋めてあるペンダントを掘り出した」
「今考えたら墓泥棒だよね」
「そして...」
「うん」
「ペンダントを取って、帰ろうとしたんだ。いつも通り下らない話をして、ああでもこうでもないって駄弁りながら」
「...うん」
「その時、瓦礫が...落ちたんだ。それで」
「うん」
あの日のトラウマが鮮明に蘇る。言葉が詰まって、上手く出ない。
「ミナは...」
「大丈夫だよ」
「ミナは...!」
「落ち着いて。焦らなくて良いから」
「ミナは......死んだ...」
その時、俺を苛んでいた焦燥感と恐怖心が、一気に消え去った。
「良く思い出したね、ヒロ。おめでとう」
「ミナ...」
そうだ、俺は。
1年前、ミナを事故で失った。ミナを埋めて、そして逃げるようにあの街に入った。それから「ミナの死に向き合わなければいけない」、その思いが焦燥感となって俺を苛み続けた。
でも、俺の体はあの街から動けなかった。ミナの元に行って向き合おうとしても、逆に歩いていっそ離れてしまおうと思っても、動かなかった。
臆病に生きて、言い訳ばかりして、ミナの死を受け入れなかった。でも、その状態では精神が持たない。だから俺の脳は最悪な選択を取ったんだ。
自分を守るため、記憶に蓋をした。ミナを知る記憶を、思い出さないようにした。
それでも尚、焦燥感は消えなかった。そんな時に、こいつが現れたんだ。
「私が死んでから、ヒロはずっと苦しんでた。私の死を受け入れられなくなって、それで、生きる意味を見失ってた。この旅の目標は、そんなヒロに、私の死を受け入れさせて、生きる希望を与えること」
「ミナ...」
「今の私は、幽霊かもしれないし、幻覚かもしれない。どっちだとしても、私が現れた理由は同じ。ヒロを助けたいからなんだ」
「ミナ...!」
「だから前を向いて、ヒロ。思い出したなら、あとは向き合うだけだよ。希望を持って前へ進むんだ」
ああそうだ。この短い旅で、俺はこいつから溢れんばかりの希望を貰った。こいつは俺のことをずっと想っていたんだ。
最期の最後、いや、その先までずっと。
「でも、だとしても!お前がいないのは耐えられない!俺は、お前と一緒が良かった!お前抜きで明日に進むなんて、俺には...出来ない...!」
「大丈夫、ヒロなら前に進めるよ。例え私がいなくても」
「無理だ!」
「出来る」
「どうして...!」
「私はずっとヒロの隣にいたからね。それにヒロ、苦しいはずなのに、今でも足を動かし続けてるでしょ?」
「!」
下を見下ろすと、確かに俺の足は前に進んでいた。牛歩だが、着実に。
「......」
「ヒロが強いってこと、誰よりも知ってるから。挫けちゃダメ。ヒロなら絶対、前を向いて行ける。希望を持って歩いて行ける。私がいなくても、ヒロは歩けるんだよ」
そう言うとミナは微笑んだ。
ミナは、俺のことを信じてくれているんだ。
「ミ、ナ...俺は...」
その時、ミナが俺を抱きしめた。その体は、震えているように感じた。
「良く頑張ったね」
「っ...ありがとう」
「私のこと、覚えていてね」
「ああ、もう忘れない」
「大好きだよ、ヒロ...!」
「俺もだ、ミナ!」
その言葉と共に一際強く抱きしめると、ミナは俺の体から離れた。そして、いつも通りの笑みを浮かべた。
「よし!水臭いのはもうおしまい!頑張ったヒロ君には、ご褒美があります!」
目の前に立ちはだかるミナ。
「ヒロ!前を見て!」
そう言うと、ミナは後ろに回った。
「......」
あの日と同じ記憶だ。
この場所は親父の墓の場所だ。そして、一番の思い出の場所。
海に半分頭を出した太陽。3人一緒に見た、あの景色。記憶が鮮明に再生される。
記憶のミナは俺の顔を見て言った。
「綺麗だね」
俺の視線にもう1つの墓が映る。
その瞬間、思わず俺は振り向いた。
「ミナ!!!」
風が吹く。
そこには誰も、いなかった。
「...」
記憶が思い浮かぶ。
「...っ」
それから俺は、これまで我慢してきた分を一気に放出するように泣いた。
1年後。
俺は旅の道中でアイリアに来ていた。
「親父、ミナ、絶対諦めないで生きるから。そして、絶対生き残り見つけるから、待っててくれ」
花をたむけ、手を合わせた後、俺は立ち上がって海を見つめた。手には、銀色に光るペンダントを握っている。
「綺麗だな、ミナ」
海が凪いでいる。
「さ、行くか」
天気は晴れ。体調は良好。絶好の旅日和だ。
俺はこれからも、滅んだ世界で旅を続ける。
*面白いと思ったら、高評価していってくれると嬉しいです。
(完)