第四章 青年期解決編 ⑰
家はずいぶん簡素になっていた。これから、押収された私物の片づけなどをしなくてはいけない。とりあえずテレビの電源を入れた。昼下がりのワイドショーでも予想通り僕たちのことをやっていた。
「この一連の事件、少女には不可解な行動が多いですが、どのように見ますか、倉井先生。」
「これは典型的なストックホルム症候群ですね。」
倉井先生と呼ばれた知命の女性はそう答えた。ネームプレートには京帝大学犯罪心理学倉井朱里と書いてあった。
「ストックホルム症候群?ですか。」
「はい、簡単に言えば、被害者が加害者に対し好意などの心理的つながりを持つという現象ですね。」
「そんなことがあるんですか。」
「はい。監禁などという非現実的で極限状態に至っては、加害者に対してそういう感情を抱くことがあります。実例も多数報告されています。」
さっそく、使えるようになったスマートフォンで検索してみた。いや、どうだろう。確かに、被害者であった沖田さんは僕に好意を寄せていたらしい。一見すると、僕たちの事件と類似点はよく見られる。しかし、その好意が一転、監禁という手段にまで至るだろうか。
「では、その特殊な心理状態に陥っていたことにより加害者をかばったということですか。」
「おそらくそうでしょうね。同棲を五年近くも続けたという供述は不自然ですし。リマ症候群といって、逆に加害者が被害者に対し共感を持つという例もありますが。」
「では、お互いにその二つの心理状態になっていたのだとしたら、好意や共感から同棲していたという状況にもなりうるということでしょうか。」
「さすがに、寡聞にしてそういった例は聞いたことがありません。本当に、ストックホルム症候群になっていたのかも、わかりません。何せ精神的なものですので、一概には判断もできませんので。」
やたらとカタカナの新出語句が出てきて、理解に戸惑っていたけど、ここにきてそれ以上にその言葉が気になった。
(同棲・・・)
言われてみればそれに近い生活をしていた時もあったかもしれない。二人で生活することを同棲と呼ぶのなら、確かに僕たちは同棲をしていた。それでも、僕たちは監禁して、監禁されて、そんな関係を同棲などと呼んでもよいのだろうか。
今になって、碓井刑事にちゃんと捜査結果を聞いておけばよかったとも思うが、すでに後の祭りだ。
今できるのは検索することのみ。
「では少女は監禁致傷罪で立件されていますが、少女がその後監禁し、暴行を加えたというのはどういうことでしょう。」
調べるより、少し先にアナウンサーが真相を教えてくれた。
一番上に出てきたニュースを読み、それなりには把握した。本当に、遅ればせながら。当事者の犯人が一番事件について理解していない。お笑いものだ。
「少女による監禁というのは虚偽なのではないかと思います。」
「それは、実際には監禁はなかったということですか。」
「えぇ、先ほども申しあげましたように、その精神状態だったのだとしたら、加害者をかばうため、あるいは加害者に言わされたと考える方が妥当かと。」
「では、暴行というのは。」
「それも、加害者に言わされただけなのではないでしょうか。」
僕が検査されたのはただ、僕を気遣ってだけではなかった。監禁よりも大きな罪にすり替え、僕から沖田さん自身に目を向けさせるためだったのか。
「いや、僕は少女が監禁したというのもあり得るのではないかと思います。」
若い男性のコメンテーターが口をはさんだ。
「と言いますと。」
「単純に復讐とか、そういう感情から加害者を監禁したとみるのがシンプルじゃないでしょうか。」
「では、暴行というのもその延長線上の行為だと。」
「はい。倉井先生の方がよくご存じだと思いますが、スタンフォード監獄実験に見られるように、ある種のラベリングが監禁者としての少女を加速させたのではないでしょうか。」
もう検索するのにも飽きて、スマートフォンを置いた。
ストックホルムというやつではない。ただの愛情。監禁も沖田さんに復讐しようなどという気は一切ない。ただの愛情表現。いくらえらい学者だろうが、本当のことは当事者しか知りえない。
結局、人は人を理解できない。それはコメンテーターに限ったことではない。僕は沖田さんを理解できないし、沖田さんも僕を理解できない。それでも、全くの赤の他人に知った風な口を聞かれるのはなんとなく納得がいかない。
どうでもいいけど。
テレビを切った。




