第四章 青年期解決編 ⑦
「紹介するわね。こっちが彼氏の碓井君。覚えているかな。」
顔が引きつった。その名前はよく覚えている。当時は確か眼鏡をかけていたから、見た目だけでは気づかなかった。こんなに偶然が連鎖していくものだろうか。
「で、覚えている?佐藤先生。事件の時会っているよね。」
碓井刑事と目があった。
蛇ににらまれた蛙。実際はにらんでなんかいない。そう感じでしまうのは僕に後ろめたい感情があるからだ。
「ご無沙汰しています。碓井刑事。」
碓井刑事は深くお辞儀をした。
「あれからも懸命の捜索を続けたものの、まだ、発見できておりません。」
横を見ると、沖田さんも相手が誰なのかはすでに理解しているらしい。早くこの話題からはそらさなくては。
「いえ、その、確かに彼女を思うとあれですけど、そういうのは、あまりお気になさらないでください。」
自分でも何を言っているのかわからないくらい、吐き出した言葉はしどろもどろだった。
「それより、びっくりしました。まさかお二人が交際なされているなんて。」
「事件の時から少しいいなって思っていたの。ほらっ、先生って基本職場くらいしか出会いないでしょ。だから、別の職業の人と会うと、こう、なんていうのだろう、ビビッとくるのよね。最初はもう一人の祭刑事を狙っていたのだけど、既婚者みたいだったから。でも、その時は何もなかったんだけど。一年くらい前かな、偶然出会って。それから何度かデートして、私の方から告白しちゃったの。」
とめどなく続く出会いからの話。おしゃべりな人だったけど、こんなにだったろうか。この話題に自分から持っていったとはいえ、ほとんど聞き流してしまった。
「佐藤先生はあれからお元気でしたか。」
「はい、おかげさまで。」
「そちらは彼女さんですか。」
「妹さんだって。佐藤先生と違って、ちょうかわいいでしょ。」
「妹?佐藤先生ってご兄弟いらっしゃいましたっけ。」
その通りだ。僕は一人っ子だ。どんな記憶力しているんだ、この刑事は。
「正確には祖父同士が兄弟なんですけど、面倒くさいからつい、妹ってことにしちゃいました。ごめんなさい。」
こんな時決まって頭の回転の遅い僕はでくの坊になる。だから、それを見越して沖田さんが答えてくれる。
「そうよね。親戚の呼び名って結構ややこしいものねえ。」
さすがに、江藤先生とは違い碓井刑事は怪訝な顔をしている。
「デートの邪魔をしても悪いので、僕たちは行きます。」
「そう、気を遣わせてごめんなさいね。」
「いえ、では楽しんでください。」
「佐藤先生も。」
さっきまで沖田さんとの買い物を地獄のような時間とか思っていたけど。そんな生ぬるいものではなかった。この油汗はもちろん暑いからではない。この動悸も疲れているからではない。
さしもの沖田さんといえど疲労困憊の表情をしている。
「帰るか。」
「うん」
帰りの電車、最初に来た快速は見逃して、次に来た普通に座った。
車窓からの景色を呆然と見送りながら、順に駅を通過していく。過ぎ行く景色は乗り換えればまた見ることができる。でも、昨日までの景色はもう見ることはできない。
駅に降りたとき、帰ってきたという感情ともう帰れないかもしれないという二つ感情を抱いた。ほんの数時間だったけどずいぶん長かった。
「ねぇ、さっきの男の人、碓井刑事だったかしら。当時、捜査していた人なのよね。」
「あぁ、そうだ。しかも、あの人は執拗に僕を疑っていた。」
「そう。じゃあ、六年前もギリギリだったのね。」
「あぁ」
「碓井刑事、捜査を続けているではなく、「捜査を続けた」って言っていた。」
「よく聞いているな。」
「うん。」
いつもなら、「先生とは違うのよ」くらい言いそうなところだが、ちゃかすことはなく、真面目に続けた。
「捜査はいったんは終わっている。でも_」
「だろうな。碓井刑事は捜査を再開する。上が動かなかったとしても。そして、次はない。」
四か月ぶりの外出で、行きはあんなに足取りが重かった。でも、精神的にという意味では帰りはそれ以上だ。
時刻は三時二十分。
夕方と呼ぶにもまだまだ早い時刻。日は高く、当分沈みそうにはない。
晩ご飯を買うのを忘れ、気が付いたら家に座っていた。もう一度出ようという気にはならない。
「先生」
「どうした。」
僕の方へ歩み寄ってきた。ゆっくりと。
「もう、この生活は続けられないかもしれない。」
「かもしれないな。」
僕の目の前で腰を下ろすと正座した。そして、僕の顔をただじっと見つめた。円らな瞳で穿つほど見つめられて、目をそらすことができない。
「でも、先生のことは私が何とかして見せるから。護ってあげる。だから、心配しないで。」
さっきまでは不安にひしがれて、弱弱しい感じだったけど、今やそれを見る影はない。ただ、諦めるのではなく、腹をくくった、そんな表情だ。
「先生のことを愛しているから。」
力強く言った。
返事をするか迷った。以前はしようとして途中で制止された。今も気持ちはその時と変わらない。警察には来てほしくないし、行きたくもない。でも、例えそれを免れられるのだとしても、沖田さんのことはやっぱり嫌いだ。
沖田さんがいくらかっこよく愛の告白をしようとも、僕のこの気持が変わることはない。
今回言えなかったのは、言うかどうかを迷ったからではない。単純に僕に意気地がなかったからだ。
「先生が好き。」
もう一度言った。
沖田さんの顔が近づいてきた。
手を握られた。
そして、しっかりと、強く二対の手錠で両手ともを繋がれた。




