第四章 青年期解決編 ④
照りつける日差しに行く手を阻まれた。うるさすぎるセミも僕の外出を歓迎していないらしい。最後の外出は三月上旬。ようやくあたたかくなりつつある季節とはいえ、まだまだ寒かったはず。およそ四カ月ぶりの外は一転し、ひたすらに夏だった。まとわりつく熱気は身体を捉え、ドアからの一歩をなかなか歩ませてはくれない。
「何しているの。早く行くわよ。」
「はい。」
五年越しの外出を沖田さんはどんな気持ちで迎えていたのだろう。
空白の五年はこの四か月で補填できたのだろう。堂々とした足取りで僕を導いていく。それにひきかえ僕はついていくのでやっとだった。歩き方を忘れるというようなことこそないが、僕の知っている感じではなかった。平たんな道のりが続いているのに、ハイキングのような疲労感。でも、ハイキングにはしゃぐような気分にはなれず、平たんな感情のまま。
重いのは一歩一歩の足取りか気持ちか。
「こうして二人で歩けるなんね、本当にデートみたいね。」
「あぁ」
「こんな日が来るなんて。」
「そうだね。」
「先生、本当に元気ないわね。」
「そんなことは_」
どうしてこんなに楽しそうにできるのか。無表情でたんたんと、というのが沖田さんのイメージだが、立場が変わって以来、変わってきている。これがもっと前で、純粋に学校で先生と生徒の間柄だったなら、いい兆候である。でも、この状況を楽しんでいる。好意があったとしても、それだけで楽しめるシチュエーションではない。
被監禁者―監禁者
監禁者―被監禁者
犯罪者―被害者
ばれたらどうしようとか、そういう不安はないのだろうか。その背徳感すらも楽しいのだろうか。
それに楽しそうなのが気持ち悪いくらいに怖い。
今思うと僕が逃げようと思えばいつだって逃げられるかもしれない。手錠が解かれた今、僕を繋ぎ留めるものは何もない。四カ月ぶりの外出で、体力不足だからと言って、少し心身共に弱っているからと言って、三十の男と十七の少女だ。目を盗まずとも、力技で逃げ出せる。でも、そんなことは沖田さんも百も承知のはず。多分僕が逃げないと踏んでいるのだろう。僕が五年もの間監禁していたという心理的な部分やその罪悪感、僕の方がばれたときの社会的ダメージは大きい。いや、沖田さんなら監禁の事実すらなかったこととして、ずっと被害者という体でやりきる算段があるのかもしれない。あの親にしてこの子あり。いくら、考えても僕の方が分が悪い。現に考えるばかりで、逃げ出そうとしていない。身体が本能として逃げ出すことを拒んでいるみたいに。なぜか、逃げるという選択肢はなかった。




