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誘拐から  作者: 高束奏多
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第三章 青年期事件編 ⑮

冬は溶け、春は芽吹く。


 六月初旬

 五月に入るころには、内職も辞めさせられていた。結局、内職をしていたのは最初の二カ月くらいだけだった。もともと、たいした稼ぎにはならないし、沖田さんの収入だけで十分に暮らしていける。そもそもこんな状態では使い道もない。これでよかったのかもしれない。

 日永、読書とテレビを見るだけの毎日。五年間の沖田さんのような生活。以前、沖田さんはその生活を退屈じゃないと言っていたけど、全然そんなことはない。能動的な読書をする気分にはならないし、テレビを見ているだけでも、いろいろ考えてしまって、おちおち見ていられない。

 熱気がまとわりつき、服は身体に貼りついた。

 そろそろ衣替えか。

 このシャツの腕周りなんか特にぶかぶかな気がする。何年も着ているせいか、ずいぶんと伸びてしまったのだろう。

 「これ見て。」

 差し出されたスマートフォン。今日のテレビ欄を見てほしいたらしい。

 「これがどうしたの」

 「七時からの」

 七時台を順番に目で追っていき、

 目がとまった。間違いなくこれだ。

 『事件の真相その行方』

 あまり見たことはないが、たまにあるタイプの実録系報道番組。二時間の特番で二本立ての構成となっている。その二つ目。

~代議士娘誘拐、消えた少女はどこへ~

十中八九沖田さんのことだ。

沖田さんを見ると、僕の心の中を読み取ったかのように「でしょうね」とだけ言って、僕の隣に並んで座った。

さっきまでもその画面を見ていただろうが、ずっと眺めている。

自分が主人公である番組に対して何を思っているのだろう。番組の見出しからして制作陣は沖田さんを被害者だと思っている。沖田さんはこれからどうしたいのだろう。こんな番組にフィーチャーされず、ひっそりとこのままやり過ごす気でいたのか。その表情からは何も読み取れない。

「今日の仕事はやったの」

「まだ」

最近のはつらつとしたというと聞こえはいいが、暴君のような君主のような、そんな沖田さんからは想像もできないくらい弱弱しい声だった。

この時間でまだ仕事に手を付けていないというのも珍しい。いつも、午前中に初めて昼下がりには終わっているのに。

朝からずっと、テレビのことを考えていたのか。そんな風に何か一つに拘泥するのも珍しい。

終には仕事が手につかなかったようで、今日はおやすみ。晩ご飯もご飯とみそ汁と買い置きの惣菜というシンプルなもの。普段よりも早い目に済ませた。

間もなく放送が始まる。

ここ数カ月はテレビを見ることすら身が入らなかった。内職以外で何かを真剣にやるというのは久しぶりだ。テレビを見るだけのことに真剣さがいるかと聞かれれば、いらないだろう。しかし、この無気力で空虚な日々を振り返れば、少しは今までの自分に戻った気がした。

 沖田さんはスマートフォンを無表情に見つめている。昼間もそうだったが、おとなしいだけでなく、口数も少ない。


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