第三章 青年期事件編 ⑫
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「起きなさい」
身体をゆすられて、叩かれて、蹴られた。別に痛くはないし、いきなり顔を踏みつけられるよりは何倍もいいが、もう少し配慮が欲しい。
九時か。
昨日か今日か結局何時に寝たのかわからないが、それほど眠気はない。全くと言っていいほど活動をしていないため、それほど回復する必要もないのだろう。むしろ、寝たせいで身体の節々が痛くなる。手は上げた状態、寝返りもまともに打てない環境。こっちの方は睡眠不足よりも深刻だ。
それにしても、わざわざ起こさなくてもいいのに。
眠くはなくても、自然とあくびが出た。
「とりあえず、顔を洗ってきなさい。」
促されるまま、洗面台へ向かう。大きなダンボール箱が目に入る。宅配便だろうか。いつの間に。何を買ったんだろう。僕の口座の貯金はまだ百万くらいはあったと思うけど、こんなに買い物をしていて、いつまでもつのだろう。
おにぎりが二つ。昨日までの沖田さんの料理を思うとずいぶんと質素だ。このくらいの方が慣れ親しんでいてちょうどいいが。
「ところで、その荷物は」
「あぁこれね。先生にやってもらおうと思って。」
箱を開けると大量の袋がまず出てきた。
「内職よ」
言われなくてもわかった。
なんだか閉じ込められて、軽作業ってどんどん刑務所みたいになっていくな。いずれくるときの予行演習のような。
「さすがに、あれだけの貯金でずっと暮らしていくのって無理じゃない。半年も持たないわ。先生の安月給じゃ貯金もあのくらいよね。」
ずいぶんな言われようだった。
「公務員だしそこまで安いってほどではないと思うし、一応貯金もちゃんとしていたつもりだけど。」
「えっ?お父さんの何倍稼いでいたの。お父さんより貯金多いの?」
ぐうの音も出ない。
「本当はお父さんのこと好きなんじゃないのか。」
「笑えないわ」
「ごめんなさい」
それはそうか。DVされていたもんな。
「ところで、沖田さんはやらないの。内職。」
「やらないわよ。そんな安くてみみっちいもの。」
やらないのかよ。
「内職なんてやったところで、せいぜい一、二万よ。非効率だわ。でも、_だから在宅ワークをやろうと思って。」
「在宅ワーク?て何」
「うん。これは作業じゃなくてパソコンでできる家の仕事って感じ。データ入力とかを受注してやろうと思って。こっちの方が稼ぎはいいし。」
「稼ぎがいいなら、僕もそっちの方がいいんじゃないか。パソコンとスマートフォント二台あるし。そんなに難しい仕事じゃないんだろ。」
「メールするかもしれない。書き込みとかも。」
「信用されてないな。」
「うん。」
「それに先生似合うわよ。内職。」
「小物感ってことか。」
すごくバカにされている感じがするけど、おととい昨日でここまで進めて準備していたのなら、こういうことに関しては素直にすごいと思う。
「普通にアルバイトとかは考えなかったの。」
「そんな危ない橋渡れないわよ。口座は?住所は?世帯主は?今や日雇いでも身分不肖の未成年なんて雇ってもらえないでしょ。」
「そりゃそうか。」
「それに、先生の監視もできるしちょうどいいじゃない。」
微笑んだ。
それが一番怖い。何に対して笑ったのだろう。沖田さんが何を思っているのか全くつかめない。こんな生活がいつまでも続けられると思っているのだろうか。先行きの見えない不安と恐怖が僕の首をゆっくりと確実に絞めていく。
作業は本当に簡単なものだった。ただ、一つずつ包んでから、袋に詰めていくというだけのもの。片方の手が繋がれているというだけで、使えないわけだはない。腕が疲れるというだけで作業自体に支障はない。実際、十秒と掛からない。この一個あたりは一円にもならないのだろうか。考えたところでしょうがない。もくもくとそれに向き合った。
やる前から想像はついていたけど、飽きた。まだ一時間しかたっていない。
リビングを覗くと、沖田さんはテーブルでノートパソコンに向き合っていた。
信じられないスピードでタイピングが進んでいく。ほぼ、ブラインドタッチじゃないか。仕事で八年くらいはパソコンを使っているけど、ブランドタッチなんて一向にできる気がしない。そういえば、高校生のころはそれにあこがれて練習したことがあったけど、練習しただけで一向にできるようにはならなかった。
「何覗いているの。終わったの。」
「まだです。」
「なら、やりなさい。あとそのダンボール今日中に終わらせなさい。明日の分はまた明朝届くから。」
嘘だろ。まだ一割も終わっていない。これから作業スピードが上がるとしても、トータルで十時間くらいはかかる。まぁブラックというほどではないし、小学校の先生の仕事に比べたら短いし楽だ。人間関係で悩むこともない。家でできる。そう思うといい仕事にも思えてしまう。賃金という点にさえ目をつむれば。
途中昼ご飯と晩ご飯を挟み、それ以外は一心不乱にやった。




