第三章 青年期事件編 ⑧
バツが悪そうにそそくさと出て行った。もうこんな時間か。この部屋に時計はなかったけど、いつのまにか置かれている。
僕の緊張も弛緩した。束の間であろうが一人は楽だと改めて認識する。
思い返すと沖田さんはいつも冷静だった。最初こそ慄いていたもの、いつしか学校で見ていた沖田さんになっていた。いつも落ち着いていたのは沖田さんの性格によるものだと思っていたけど、そうではない。本当に僕は何にも気づいていなかった。何も知ろうとしなかった。沖田さんはそういう人なのだと決め打って。僕ですら今もこんなに怖いのに、女子小学生があんな普通に過ごせるはずがない。
事件が解決して、解放されたとしても沖田さんにとっては解決しない。現に今だって帰ろうと思えばいつだって帰れるのに。もともと家出するのも時間の問題だったかもしれない。
以前僕の「監禁して復讐するのか」という問いに対して、沖田さんは「YESでありNO」と答えた。あの時は結局それがどういう意味かは分からなかったけれど、今なら少し理解できそうだ。監禁はする。でも、それは復讐ではない。そこまで考えて、また新たな疑問が生まれた。
だったら、監禁する意味は。
肉の焼ける音と香り。
思考が中断された。
朝も思ったけど、沖田さんは料理はそんなに得意ではない。オムレツは確かに難しいらしいけど、それにしてもひどかった。おそらくフライパンが温まる前に卵液を入れたのだ。正直、期待はできない。
じきに、運ばれてきた。見た目は文句なくハンバーグ。ライスとサラダとおそらく市販のポタージュ。それが二食分。
「沖田さんもこっちで食べるの」
「よく、一人より二人で食べたほうが美味しいっていうでしょ。それに今までだってそうだったじゃない。」
「それなら、テーブルと椅子をこっちに持ってくるとか、あの工事を隣のリビングまで拡張するほうが良かったんじゃない。」
「検討」
「いただきます」
沖田さんも続いた。
おそるおそる中を割ってみる。
「ずいぶんとレアに仕上げたね。」
「アメリカ人はみんなレアが好きだから。」
「完全に偏見だし、僕は日本人だ。」
「チンしてくる。」
皿を二つ持って出て行った。
素直だった。
電子レンジが鳴った。
「ひょっとして、このサラダも一緒に温めた。」
完全な温野菜になっていた。まぁこれはこれで美味しいけど。
沖田さんは下を向いている。気のせいか顔がほんのり赤らんでいる。こんな弱点があったなんて。
「作ってもらっている分際で文句を言うなんていい度胸ね。」
逆切れだ。別に怒っているというわけではないが。
「すみません」
「よろしい。食べましょ。」
意外と言っては申し訳ないけど、味自体はそんなに悪くなかった。朝以来何も食べていなかったのが功を奏したのかもしれないが。料理の技術とか、どのくらい火を入れたらいいかとか、そういうのを知らないだけであって常識はあるのだ。もともと頭がいいから練習次第で上達はするだろう。
そこでふと我に返った。
上達したとして、それがなんだ。僕はそれをこの先ずっと食べなくてはいけないのか。それを食べ続けるということはつまり、ずっと監禁された状態ということ。
食べ終わってしまうと、かなり手持無沙汰だ。
沖田さんは食べ終わった皿を洗っている。
今日はいろんなことがあった。
因果応報。
完全に立場が入れ替わってしまった。大富豪でいうなら都落ち。別に都というほど雅ではないが、気分は没落貴族の大貧民。とりあえず、身の危険はなさそうだけど。
沖田さんはもう寝ている。五年ぶりの外出で疲れたのだろう。
少し早いけど、起きていてもどうせすることもない。僕も_
布団がない。加えて手錠を繋ぐパイプが微妙な高さにあるせいで、横になっても手を少し上げた状態でいなければならない。なんとかひじをおなかの上に置くことで、まだ楽な姿勢を見つけたが、これはこれで十分に拷問だ。




