第三章 青年期事件編 ⑦
戻ると同じ場所に座って待っていた。金属音を鳴らしながら、僕もさっきまでいた位置にもどり、向き合って座った。
片方の手が繋がれて拘束されているという以外は割と苦ではない。
もうこの監禁が長期計画であることに疑う余地はない。
「今日はずいぶんとしゃべるね。」
「本来は私っておしゃべりなの。今までは学校でも家でも寡黙な少女を演じていただけ。それはそれで楽だから。」
「家でもなのか」
「そうよ。そうだった。」
過去形
「じゃあ私の家について、両親について話してもいいかしら。」
さきほどまでの楽しそうな沖田さんはもういなかった。空を見つめる目はどこか寂しげだった。
「お父さん、沖田陸は知ってるわよね。」
返事を返す前に語り始めた。
「もちろん。学校でも有名だ。イケメンの国会議員。あの当時はまだ市議会議員だったが。」
「そう。私の誘拐も話のタネにして一躍時の人となり、国会議員にまで上り詰めた。そのくらい野心家で出世欲の塊の人。外では職業柄もあり、世間体を気にしているけど、そんな人間が家でもみんなが知っている沖田陸をやっていると思う?」
自分で聞いた問いに自分で首を振ってこたえた。
「毎日のようにDVが続いたわ。」
「DV?あざがあったりするようには見えなかったけど。」
「ごめんなさい。言い方が悪かったわね。虐待という方が適切かしら。暴力に限らず、怒鳴りちらしては物を壊したり、気に入らないことがあるとすぐに、かんしゃくを起こしていたわ。私は手を出されたりしたことはなかったけど、お母さんはよく殴られていたわ。だから、年中長袖であざを隠すように、人目を忍ぶように生きていた。そんな時はご飯も出ないし、お父さんがもっと不機嫌だったときは、納谷に閉じ込められたりもしたわ。だから、私の家では部屋には鍵がかかっているのが普通なの。」
「監禁みたいなことか。」
「そうね。私はこの五年間だけじゃない。もっと前からそういう生活をしていたの。お父さんに比べたら、先生の何てとても優しかったわ。」
優しい、なんてことがあるものか。そんな生活を強いられる方が異常なのに、どっちのほうがとかそういう問題ではない。こんなことがあっていいものか。失格だ。一人の先生として全く気付いてあげられなかった。
「先生、今先生として失格、みたいなこと考えてた?」
本当にどうしてそんなにも見透かしたようにわかるのだろう。父親の顔を伺う毎日で身に着けたスキル。だとしたら、そんなスキルなんて。
「その表情は図星みたいね。別にいいよ。気にしなくて。今までだって気づいた人は一人としていなかったし、お父さんもそういうのはうまくやる人だから。」
「お母さんは?そのあいだ助けてくれなかったの。」
静かに首を振った。
「そんな余裕なかったと思う。DVがいつ始まったのかは覚えていないけど、記憶があるときにはすでに、お母さんは殴られていたと思う。最初のころはまだ私のことを気にかけてくれていた。でも、いつからかお父さんの機嫌を損ねないようにするのでいっぱいいっぱいになっていた。お父さんのために家事をして、演説をするとなったらきれいに着飾られてその横に立たたされていた。だから、私のことなんて気にも留めなくなっていた。私から見たらいいなりのお人形さんみたいで滑稽だったわ。」
「滑稽」親をそんな風に言うなんて。
沖田さんなりの強がりかもしれない。
それでも、親をそんな風に言っていいもんじゃない。
「でも、きっと心配もしていたと思うよ。」
「あの人たちはそんなことしない。お父さんはが心配するとしたら、自分の名誉に傷がつかないかだけ。最初事件にならなかったのは、犯人_宇都宮先生に口止めされていたというのもあるけど、それと同じくらい自分の恥をさらしたくなかったのだと思う。もし、私が救出され、仮にDVのことが明るみに出るくらいなら犯人に殺された方がましとすら思っていると思う。そしたら、自分は悲劇のヒーローになれるもの。今だって、国会議員になるために散々事件のことを利用していたし。お母さんはどうだろう。お父さんの癇癪のはけ口が減ったという点では悲しんでくれるかもしれないわね。」
もうダメだ。
沖田さんは親に対して不信感の先に恨むとか憎むとかそういうのじゃなくて、なんとも思っていない。期待していない。諦めている。修復できない。
「つまらないことを話してごめんなさい。晩ご飯を作ってくるわ。今日はハンバーグよ。期待しておいてね。」




