第三章 青年期事件編 ④
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五年ぶりの外出。
思わず頬がほころぶ。
楽しいのはそれだけじゃない。先生のさっきの顔。思い出しただけで笑みがこぼれちゃう。
はやる気持ちを抑えて、鍵と財布を探す。場所は分かっている。五年間、毎日観察していたから、よく知っている。財布は先生がいつも持ち歩いているカバンの中に。鍵は玄関の靴箱、その上の小さなお皿の中に置いてある。
準備完了。
靴箱から靴を探す。まだ、当時の靴が置いてあった。律儀な人ね。そう思うと、また面白くなってきた。
靴に足を入れてみると入らなかった。そこで自分が成長しているということを改めて実感した。
「どうしようかしら」
反省。ずっと一人だったから、独り言が習慣になっている。今までは変ではなかったけれど、これから外に出る時は気を付けないといけない。
先生の靴はさすがにどれも大きすぎるし、色も似あわない。
「これにしよう」
選んだのは白のスニーカー。いったんクローゼットに戻って、先生の靴下を二セット持ってきて、重ねて履いた。まだ大きいし、違和感はある。でも、そこまで目立つというほどでもない。
靴も買わなくてはいけない。
買い物が一つ増えると楽しみが一つ増える。
期待と緊張に胸を膨らませながら、玄関のドアを開けた。
まずは日差しにびっくりした。窓越しには太陽は見ていたし、外の空気、風も感じていた。しかし、実際に家の外に出てみると、その明るさに目をそむけてしまった。
そして、寒い。何より寒い。ただただ寒い。冬に窓を開ける習慣がなかったから、この感じ方も久しぶりだ。顔が寒さで灼けるように痛い。しかし、それすらも感動でそして、心地いい。
息を吐くと白い煙が出た。あの頃、同級生の男子がこれではしゃいでいるのを見て愚かしいとすら思っていたけど、楽しくてもう一吐き。その煙に思わず笑ってしまった。
刑務所を出た人はよく、「~年ぶりのシャバの空気だ」みたいなことを言うけれど、彼らはずっと中にこもっていたわけではない。外で仕事をしたり、自由時間には運動をしたりしている。あくまで社会生活としての外と触れ合っていないに過ぎない。完全に五年ぶりの外の空気。この気持ちをいったい誰が理解できようか。
階段をおじいちゃんが上がってきて、隣の部屋のノブに手を掛けた。
「お嬢さんは?」
「佐藤ネルと申します。兄がいつもお世話になっています。」
「妹さんか。べっぴんさんじゃな。」
「とんでもありません。しばらく、家の都合で兄の家に泊まることになりました。兄は実家に行ったり来たりになるのですが。これからよろしくお願いします。」
恭しく頭を下げると、向こうも「よろしく」と言い、会釈して部屋へ入った。
街を歩くと、数多の視線を感じた。最初は私に不自然なところがあるのかと思った。あるいは、捜査は継続中、未だに当時の写真が人々の記憶の中に残っていて、誘拐被害者であることを気づかれたのかとも思った。だが、大丈夫だろう。おもかげこそ残っていても、しっかり見比べてようやく一致できる人がいるくらいのものだろう。
視線を向ける人の大半は男。
ショウウィンドウに映る自分の姿を見て納得した。
私が美人だからだ。
おしゃれをしているというわけでもないし、化粧もしていない。それでも、十分テレビの中の人たちに見劣りしないくらい、美人だと思う。
そう思うと一層楽しくなってきた。
男子三日会わざれば刮目して見よとよく言うけれど、女の子だって五年もあれば見違える。
青虫はやがて蝶となり羽ばたく。炭素だってダイヤモンドになり輝ける。沖田ネルも十六歳、少女から一人の女性となっていく。
見られるのが嫌っていう人がいるみたいだけど、理解に苦しむ。見られるっていうのは褒められることと一緒で評価されているということなのに。愉快だ。そう思うとやましい視線を向ける見ず知らずの男すらもかわいく思えた。
帰路についたのは夕方。四半日以上も買い物をしていた。お目当てのものがなかなか見つからなかったというのもあるが、それ以上に楽しかった。買い物というと言葉は俗的だ。ショッピング。一人でこういうことをするのは初めてだ。財布の中身もすっかりなくなっていた。節約すると決めたばかりなのに。先生にキャッシュカードの番号を聞かなくてはいけない。
「暇。一緒に遊びにいかない。もちろんお金は出すからさ。」
わかりやすい軟派。
どんな顔なのかと思ったら意外にイケメンだった。でも、私のタイプではない。もっとも、タイプだったとしても、だからなんだという話だ。
「彼氏と待ち合わせていますので」
にこやかに。その言葉は有効だった。あっさりと引き下がってくれた。こういう軟派になれていないのかしら。そういうガツガツしすぎていないところもかわいくて好感が持てる。
もうすぐ家につく。なんだか名残惜しい。もう少しだけ遠回りして帰ろう。




