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誘拐から  作者: 高束奏多
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第三章 青年期事件編 ②

あれから、およそ五年が経過した。

僕は三十歳になった。三十路と言えばふつうはそろそろ結婚を意識しだす年齢だろうか。僕には全く関係のないことで、とうに諦めている。こんな状態でできるわけもないことくらいは自覚している。

 ブームや流行りというものは一過性のものでその廃りは早い。あれだけマスコミがはやし立てた事件も一週間でほとんど報道されることはなくなった。警察が学校に来ていたのもおよそ二カ月というところか。もっとも後半の一ヶ月は数回というようなものだった。それ以降捜査がどうなっているのかは知らない。未解決事件とかお宮入とか、そんな言葉とともに段ボールにしまわれているのか。それとも、今でも捜査は続けられているのか、僕には知る由もない。沖田さんの親はきっと今でも心配して探しているだろう。その親には本当に申し訳ないのだが、僕にとっても娘のような感情が生まれてしまっていた。娘というと年齢が近いから、妹のような感じだろう。

そんな風に思い始めたのは誘拐から一年くらいしたころからだろうか。この生活に完全に慣れ、緊張感が欠如しだしたころ。はっきりといつからというようなものはないし、何かきっかけがあったわけでもない。気づいたら、そんな風に思うことがあった。手錠で繋ぐのも適当になっていた。

三年目にもなれば監禁も相当緩くなっていた。沖田さんがその気になれば逃げだせるときは何回でもあったと思う。

仲良し子よしをやっていたわけではないが、なぜ、沖田さんが逃げなかったのは分からない。

 僕自身はそんな風に思って、勝手に気を許していた。沖田さんも年が過ぎるにつれ、良く話すようになっていた。無表情なのは変わらなかったし、感情の起伏も一定のような感じだったけど。実際のところどう思っていたのかは分からない。この五年間何度も考えたけど、分かるはずもない。

 しかし、今ならわかる気がする。

 ずっと無表情だった沖田さんが今は笑っている。口角を上げてうれしそうに僕をただじっと見ている。そんな表情を見るのは初めてだ。

 自由を得たからなのか。

 家族に会えるからなのか。

 その二つともだろう。でも、それだけではない。その二つなら、僕が眠っている間に逃げて、通報すればいい。

 そうしないで、こんな風に僕を監禁するということはつまり、

 固唾を呑みこんだ音がはっきりと聞こえた。

 恐怖の五年間に終止符を打ち、復讐の機会を得た。

 沖田さんはこのあとどうするのだろう。

 僕がしたのと同じように長い監禁生活が始まるのだろうか。それだけでは飽き足らず、拷問のような苦痛が待ち受けているのかもしれない。

 沖田さんの立場に立ってみて、初めて監禁される恐怖を実感した。身の毛もよだつほどに。考えれば考えるほどに恐怖は膨張していく。

 「自分がされて嫌なことは人にしてはいけない。」先生として何回もこの言葉を使って生徒を叱責した。

 本当そっくりそのまま返ってきた。

 いつかは逮捕されるとは思っていたけど、こんなことになるなんて夢にも思いもしなかった。


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