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誘拐から  作者: 高束奏多
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第二章 少年期解決編 ⑨

***


6月13日(火)

生徒にしてみれば、何ら変わりないいつも通りの登校日。

先生にしてみればいつも通りが見当たらない出勤日。

もし、沖田さんの誘拐と宇都宮先生の逮捕について知られると電話対応だけでもぞっとする。電話だけではない、マスコミが押し掛け、連日ニュースにワイドショーそして、記者会見。そうなることは予想でもなんでもない。確実に起こる未来だ。問題はその時、どの立場にいるのか。このまま宇都宮先生のせいにして、(僕がそうしたわけではないが)やり過ごすことができるのだろうか。それとも。

 生徒はこんな事態を知る由もない。朝のホームルーム、一限、二限は自習。数人の先生で持ちまわりながら、担当してもらっている。不審がられるかもしれないが、今はこれが精一杯。

時刻は九時。

警察が来るまでまだ一時間ある。

職員室にはお通夜のごとく沈鬱な空気が流れている。いや、どうだろうか、お通夜と言ってもそれほど身近ではない人にとっては、お斎を食べながら、適当に話して、気まずい雰囲気をやり過ごすだけだ。しかし、今日ここにいる全員が当事者であり、その日限りで終わるものではない。これからが、非難の日々の始まり。「未然に防ごことはできなかったのか」、「対策はできなかったのか」、「被疑者の異変に気づくことはできなかったのか」、そんな無理難題を責め立てられる。

矢面に立たされるのは、おそらく校長先生と教頭先生、そして、僕だろう。いや、僕の場合、その場に立てたらまだ、幸せな方だ。二人に関しては、何の帰責理由もないにもかかわらず、無理やり管理責任を問われる。

さらに、その後で僕が真犯人として立件されようものなら、どんなことになるだろう。同じ小学校から被疑者が二人、剰え、その一人は記者会見に立っていて、「沖田さんの無事を」などと言っているのだろうから。社会からどれだけの非難があるのかは想像を絶する。

生徒たちの木鐸とならなければならない存在の先生が、生徒を脅かす。きっと、途轍もなくセンセーショナルな事件になっていくのだろう。

ふと時計を見ると、まだ五分しかたっていない。

 挨拶こそしたものの、誰も話そうとはしない。どう話しかけてよいのかあぐねているのだろう。

僕なんかは比較的沈黙は得意な方だけれど、石田先生なんかは明らかにつらそうにしている。

大概の先生は、スマートフォンをいじっている。ゲームをしているのか、まだニュースにならないニュースを探しているのか。

足立先生は小説を開いては置いて、開いては置いてを繰り返すばかり。

校長先生は微動だにしない。顔を覆ったままで、伏せているので表情をうかがい知れない。

教頭先生はそわそわしているのがよくみてとれる。

机の上には開けさしのサンドイッチやおにぎり。そのままだったり、一口だけ齧ってあったり。

たまに鳴る電話が沈黙を破る。

誰がとるか顔を見合わせるが、それきりで、やはり誰も話そうとはしない。

みんながそれを聞いているのか、聞いていないのか。

まだ、九時二十分。

長期戦の構えのようで、一人がスマートフォンを充電器に繋いだ。そうすると、他の先生も一人二人とかばんから充電器を取り出し始めた。

 この空気にしびれを切らし、一人がトイレに立った。タイミングを見つけたようで、もう一人。別の先生はたばこを持って席を後にした。


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