第二章 少年期解決編 ⑥
「初めに違和感を覚えたのは妻です。その日、二日の金曜日はいつになっても帰ってこなかったようで、妻から電話がありました。僕が帰るころには当たり前のようにネルは家にいるので、それが遅いかどうかわからないものですから、友達と遊んだりしてるものと思って、ほったらかしにしました。仕事で忙しかったというのもあります。でも、気になったので早めに仕事を切り上げて家に帰るとすぐに電話がかかってきました。」
「その電話が誘拐犯からだったのですか。」
「はい」
「それは何時頃でしたか。」
「午後八時ごろです。」
沖田陸が沖田宏子の顔を見ると、それにうなずき返した。
「一本目の電話はネルを誘拐したこと、警察や学校には知らせるなということを矢継ぎ早に言うと、また連絡すると言って、すぐ切れました。」
「それで今まで通報をしなかったのですね。」
「_はい。ネルの身にもしものことがあったらと思うと_。」
沖田陸はうなだれて、顔を伏せた。表情は読み取れないが、泣いているということはなさそう。
「一本目_ということはその次もあったのですね。」
「はい。その直後。一時間もたたないうちだったと思います。」
「ずいぶん早いですね。それで、その内容は。」
「身代金を要求するものでした。額は一億円。用意に時間がかかるだろうから、準備しておけと。方法はまた、追って知らせると。それから私たちに行動の指示を出してきました。」
「呼び鈴に出るな。とかそういうことですか。」
通りでずっと応じなかったわけだ。
「はい。まずは電話には一切出るなというものです。」
「それでは、犯人からの電話にはどうやって。まさか非通知ではなかったなんてことは_」
自分で言っておいて、それはさすがにないなと、言いよどんだ。
「スリーコールで切った直後にもう一度掛ける、それが合図だと。もっとも、それ以来まだ三回目は掛かってきてないらしいのですが。それから、呼び鈴が鳴っても応対するなと。」
「外部との隔離というわけですね」
「それから、ネルの欠席については連絡帳を学校に届けるようにと。仕事は普通に行くこと、ただし絶対悟られないようにと。概ねこんな感じの内容でした。」
「後半は周りに不自然に思われないようにという感じですね」
電話のタイミング。一時間もしないうちに掛け直した点。
三回目の電話、身代金の受け渡し方法について未だに電話がない点。
どうも犯人の行動がちぐはぐというか、計画性がないというか、不自然なところが多い。
これは、碓井含め他の刑事もうなずき、認識を共有した。
そうこう話している間に沖田陸が緑茶を組み直しに来てくれた。
「お気になさらず」
と言ったもののありがたかった。一息ついたところで、本題に戻す。
「犯人に心当たり、思い当たる節は。」
「こういう職業ですし、利害関係で恨みを持つような人はいっぱいいるんじゃないですかね。犯罪を犯すほどというと分からないですが。単に営利目的な気もしないではないですし。」
そう言ってしまうと身もふたもない。確かにその通りだ。正論だ。この時点で分かるはずなどない。分かってしまえば、警察も探偵も必要ない。だからこそ、そこからが我々の仕事だ。そんな簡単に分かるものではない。ここからどう捜査していくか。とりあえずは_
「電話って録音とかされていますか。」
碓井の問いかけに思考を遮られてしまった。
「一回目の電話の分はありません。動揺していたものですから、そこまで頭が回りませんでした。二回目のだけでよければ。再生しますか。」
「お願いします。」
そりゃ、実際の音声を聞くと聞かないではその差は言うまでもない。
「あと、その音声の提出をお願いします。鑑定に回しますので。」
碓井は提出を要求しただけで、内容にはあまり興味なさそうだった。
「意外だな。碓井は科学データよりも話し方とか人間味から判断する方が得意だと思っていたよ。ただ、流石に場所が特定できても家から掛けているなんてことはないと思うぞ。どっか周辺ってだけで。」
「いえっ、声紋鑑定をしてもらおうと思いまして。」
声紋鑑定は今となっては世間にも広く認知されるようになった代物。指紋と同じように周波数などから、個人を特定するというものだが。
「知っているとは思うが、もう一つのサンプルがないと声紋鑑定はできないぞ。まだ、捜査も始めたばかりで、いったい何との照合する気だ。」
なぜか不思議そうな顔をして
「何って、犯人ですけど。容疑者候補の一人。」
「・・・分かったのか」
「ざっくりと、方向性だけですけど、それでも一人は思い当たる節が。」
碓井はこういうところがある。




