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誘拐から  作者: 高束奏多
21/72

第二章 少年期解決編 ②

***


閑静な高級住宅街。

先に確認しておいた沖田家からは、向かいの道路を右に曲がって、すぐのところにあった。

場所はすぐに分かった。

予想していた通り、通報者も相当持っていると見える。

「警察です。先日の通報の件で伺いました。」

呼び鈴越しに名乗ると、ほどなくして出てきた。玄関越しに一瞬見えた家の中も、外観に見合うだけの優雅さがあった。電話越しの声から想像していた通りの感じのいい、高齢女性だった。大方、旦那の貯金で左団扇という感じだろう。

「もう一度、詳しく聞かせていただけますか。」

「はい。この住宅街は子供が少ないからね。ネルちゃんを見かけると、声をかけるのをいつも楽しみにしていたんです。寡黙な子だから、あんまり歓迎はされていないみたいだけど。」

その表情はどこか寂しそうでもあり、嬉しそうでもあった。そして、ゆっくりと話を続けた。

「いつもね、うちのリビングから見えるんですよ。夕方_四時ぐらいになると、うちの横を通って帰ってくるんです。ネルちゃんってかわいいでしょ。だから、うちのお父さんともよく話しているんですけど。」

「それで、見かけなくなったというのは具体的にはいつごろから。」

「そうねぇ。最初に思ったのは月曜日だったかしら。」

「月曜日とは五日のことで間違いないですか。」

「はい。もちろん、毎日見ているわけではないですし。今日は見られなかったな。とその程度だったんですけど。次の日も、その次の日も結局見られなくて、違和感を覚えだしたんです。それで、金曜日です。過剰かなと思って一日中見ていたんですけど、それでも、やっぱり、会えなくて。」

「病気とか家の事情とかそういう風には思われなかったんですか。」

「最初はそういう風に思って、何度か沖田さんの家に伺ってみたんです。一度目はフルーツを持って、お裾分けという口実で。でも、三回行って、三回とも会えませんでした。なんかね、ここ最近、変なんです。あの家。」

鹿爪顔で、小声になった。

「変_といいますと」

「うまく言えないんですけど、暗いというか_そうです。暗いんです。ずっと。」

「暗い。雰囲気がということですか」

「いえ、そういうことではなくて、文字通り実際に。昼も夜も、電気がついていないんです。それで、外出か旅行でもしていらっしゃるのかなと思ったんですけど、新聞とか郵便は毎日とっているみたいなんで、家にはずっといると思うんです。」

「でも、それだけで沖田ネルの身に何かあったと考えるのは、考え過ぎではありませんか。」

「いえ、態度もおかしかったんですよ。金曜日_九日ですね。ついに奥さんと会えたんです。それで、「最近、ネルちゃんを見かけないんですけど、元気にしてる」って聞いたんですけど、その時の態度がすごくよそよそしくて。」

話し方はどんどん熱を帯び、その勢いのまま一通り話を終え、そして最後にもう一言伝えた。

「刑事さん。絶対に何かあったと思うんです。調べてください。」


家の前を少し過ぎたところで、碓井がつぶやいた。

「これ、きっと何もなかったパターンですよね。普通に体調不良で安静にしているとかって落ちですよ。」

まぁ碓井の言うことももっともだ。全体の話を振り返っても、主観でしかものを見ていなくて、確かに信憑性に欠ける。

「行き過ぎた正義感って言うんですかね。あれ、平気でクレームとか入れちゃうタイプですよ。自分がすべて正しいと思い込んで、それ以外はすべて間違っていて、そういうものに対しては何をしてもいいって思ってますよ。あの手の人間が一番怖いんですよ。で、どうします。ちゃんと、捜査して、報告しないと、何度だって電話してきますよ。まぁ、捜査しても、「異常ありませんでした」では納得しないんでしょうけど」

いつも通り、碓井の毒は今日も絶好調だ。推理とも人間観察とも呼べない。ただの、偏見と臆度にすぎない。

「それでも、あの人の言葉は信用できませんけど、対応は好感が持てました。」

「対応?」

「はい。こういうところに住んでる人って結構、家に入れて紅茶とかを洒落たコップで出したがるじゃないですか。さも、自分の優位性を示したいがごとく。それで、味方顔して取り込もうとするんですけど。そうはしなかった。俺たちを家に入れるどころか、中すら見せないようにすぐに玄関の戸を閉めたじゃないですか。」

「つまり。どういうことなんだ。」

「あの人は普通の感性を持っているんです。俺たち警察とは極力関わりたくはない。厄介ごとはごめん。それでも、電話をかけて、自ら捜査を依頼してきた。それだけ、放置できないくらいのことが沖田家で起こっているんだと思います。」

これでいて、こいつの目はいろいろと見えている。こいつの目だからこそ見えているんだろう。刑事にとって疑うことは立派な仕事だ。その点に限っては、こいつはこの仕事に向いている。

「とりあえず、沖田家に行くか。判断はそれからだ。」


 さっきの話から予想はしていたが、呼び鈴には誰も応じなかった。

 部屋の電気は証言通りついていないが、六月の夕方なら特別おかしいということもない。

 この状況だけではわかることは何一つとしてない。

 カッターの袖で額の汗をぬぐう。日に日に増す暑さが徒労感をさらに不快にさせる。まだ、六月だというのに、異常気象のせいか今年は例年より、特に暑い。

 近隣の住民の聞き込みからは有益な情報を得られなかった。通報者のような近所の子供を気に留める者などいなかった。当たり前といえば当たり前。倦怠感。聞き込みも終えようかというその時

 「先輩っ」

 急に肩をたたかれた。

振り返ると、若い男性が沖田家の前にいた。

呼び鈴を押した男性はほどなくして帰っていった。

「さっきの誰ですかね」

咄嗟に映した顔を拡大してみるものも、当然知らない顔_。



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