第一章 少年期事件編 ②
まず、美人なのである。とはいっても小学生にしてはというだけである。日本人形を彷彿とさせる烏羽色の髪に黒真珠のような瞳を持ち、将来を十分に期待させうるだけの容姿を有していた。
そして、何よりも目立たせている、あるいは悪目立ちしてしまっている原因は親にある。沖田陸といえば知らない人はいないくらい地元では有名な代議士である。とりわけ、この地方出身ということもあり、また甘いマスクも相まって人気を博している。近年では美人な妻と一緒に講演演説をしていたということもあり、愛妻家や良い父親という一面も世間に知られている。学校でも当然ながら、そのことが知られている。沖田さんの寡黙な雰囲気に加えて、その特殊なバックグラウンドがあるせいで、より声をかけづらい存在となっている。
そんな沖田さんも今年で小学校五年生になる。低学年のころはその容姿から、男子にからかわれるということもあったらしいのだが、このクラスになってから、僕の見る限り、そういう類の話はない。クラスで浮いてはいても、浮つく男子はいない。沖田さんにしてみれば煩わしいことこの上なく、愛想笑いに飽き飽きとしていたに違いない。沖田さんが何かをしたわけはないし、親が口を出したわけでもない。強いていうなら、時間の問題である。周りの男子も少しは学んだし、ほんの少しは大きくなった。ただ、それだけのことである。それでも、沖田さんからしてみれば周りの男子は、いや男子に限らず女子も含めて幼く見えていただろう。
もっとも、沖田さんが高校生だったとしても、大学生であったとしても、何かが変わるということはないと感じさせる。きっと、今と同じように一人おとなしく過ごすのだろう。登校して席に着き、教室の片隅で本を読む。チャイムが鳴れば、教科書を開いて授業はちゃんと聞く。仮に、聞かなかったとしても、テストではそれなりの点をそつなく取るのだろう。そして、楽しいおしゃべりなんて誰ともすることなく、下校する。四月のうちは声もかけられる。放課後にカラオケにも誘われる。男子からも呼び出される。そして、それに応じることはない。
毎年、一ヶ月もすれば平穏に戻る。沖田さんはそのことを知っている。その態度からも伝わってきていた。だからといって、僕もおとなしく見守ろうという気なんてさらさらない。
教師としても務めを存分に果たしてやろう。
輪に入れてやろう。
なんなら、僕が友達になってやる。
とことんかまってやる。
そう思っていた。
行き過ぎかもしれないが、間違ってはいない。小学生という果敢な時期においては、少し強引だったとしても、人と関係を築くことは大切だから。これも教師の務めだ。ガラでもないが、なぜか不思議とやる気に満ちていた。