地獄絵図
プルルルル……プルルルル……
何度も何度もお母さんのスマホに掛け直すが、呼び出し音が鳴り響くだけで、お母さんはスマホに出ない。
「おかあ……さ……ん……」
スマホを握る私の手は、気力無くだらんと、体の横に垂れた。
さっきのお母さんの声が……言葉が、ぐるぐると脳内で再生される。何度も何度も、鼓膜の向こうで囁く。
「ふっ……ううっ……ううううううっ……」
草陰で息を殺しながら、地面に俯せて泣いていると。ガサガサと、草を掻き分けるような音がして、その方を見る。そこには、20代くらいの土気色した男……ゾンビが、ゆらゆらと立っていた。そのゾンビは私を見つけると、ウウウウと唸りながら、私に手を伸ばしてきた。
私はゾンビの手を思いきり払い、その場から慌てて離れた。
「もう!ほんとに何なの!?お母さんはどうなったの?何で……何でこんなことに……」
私は涙を拭いながら、住宅街を駆けた。駆けながら、私の足は母の職場へと向かっていた。
「お母さんがゾンビに襲われて……ううん、もしかしたらギリギリのところで誰かに助けられたかもしれないし、ゾンビから逃げるために、電話を切ったかもしれないし。お母さんは隠れてろって言ってたけど……お母さんの安否をこの眼で確認しないと落ち着かないよ!」
あの時、お母さんの掠れていく涙声の向こうから微かに、吐き気を催すような咀嚼音のようなものが響いてきたが、その音のことは深く考えないようにし、お母さんの職場へと急いだ。
◼◼◼
通りすがりに数人のゾンビと遭遇したけど、どうにか噛まれずに回避し、入り組んだ住宅街を抜け、大通りに出た。すると、そこは──
「……なに、これ」
燃え盛る建物が無数。道路には、乱雑に乗り捨てられた車や、建物に衝突して炎上した車があちらこちらに散らばっていた。そして。
「や、やめてくれー!ぎゃああああ!!」
「誰か助けてーーー!!!」
「いたい……死にたく…ナ…」
人々があちらこちらでゾンビどもに襲われ、食い千切られていた。
燃えた建物やガソリンの臭い。そして、血腥い臭い。普段臭うことのない不快な臭いが、灰色の煙りとともに、辺り一面に立ち込めていた。
地獄と化した街の真ん中で、呆然と立ち尽くしていると。
ガッ!!
突然、私の足を何かが掴んだ。
「ひっ!」
ゾンビと思い振り払おうとすると。
「お願い……だ、俺を病院………に…」
私の足を掴み見上げていたのはゾンビではなく、スーツ姿の男の人だった。顔半分血に塗れており、右目がだらりと落ちていて頬の上でぶらぶらと揺れていた。そして、その男の人の下半身を……今まさに、ゾンビがしがみつきながら齧っていた。そのゾンビがやったのか、男の人の下半身のあちらこちらから、白い骨のようなものが突出していた。病院に連れていけたとしても、恐らくこの男の人はもう……
その人は私に願うと、掴んでいた私の足から手を離し、ぱたりと地面に伏せた。
「……ごめんなさい、私先を急いでるから!」
私は俯せているその男の人にそう言うと、地獄絵図のような世界を横目に、お母さんの会社へと急いだ。




