本当ノサヨナラを。
「お母さん!?……やっぱり、お母さんだぁっ……!」
慌てて駆け寄ると、やっぱりお母さんだった。お母さんは仰向けで目を瞑り、腹部から下は倒れたロッカーの下敷きになっていた。
「お母さん、友加里だよ?助けに来たよ!……お母さん?」
泣きながら私はお母さんに何度も声をかけるけど、返事が無い。身動きひとつしない。何より……顔色が悪い。青白くて、血の気がない。まるで……───
「……おか…ぁさ……」
カタカタと手を震わせながら、お母さんの首筋に触れようとする。首の脈でお母さんが生きてるか確認しようとする……けど、怖くて中々できない。
そして。
──……ひたっ。
お母さんの首の脈に、触れた。冷たいお母さんの首筋。脈、は───
「……」
手をカタカタと震わせながら、お母さんの首筋からゆっくりと指先を離す。
「──……あ、そ……れよりまずは、ロッカーどかさないと、だよね。こんな重たいロッカーが乗ったままじゃ、辛いよね。待ってて、今どかしてあげるね、お母さん!」
私は顔中を涙と鼻水で濡らしながらフラフラと立ち上ると、お母さんの体を潰してるロッカーを持ち上げる。
お母さんの上に倒れていたロッカー3つを退かすと、私はさらにショックを受けた。
「そん……な……」
倒れたロッカーで隠れて見えなかったけど、お母さんの上半身と下半身が……繋がっていなかった。恐らく……というか、確実にゾンビがやったのだろう。腸や内臓がほじくり出されていた。
「……お、かあさん……っ……わあああああ!!!!」
膝から崩れ落ちるようにしてお母さんの上半身の前に座り込むと、私はお母さんの死体の傍で大泣きした。
「おかぁさっ……!やだよぉっ!私をおいてかないでょっ……!おかあさっ……おかあさぁんっっ!!」
わんわんと泣いていた、時。
ぐいっ!と、突然私の体が抱き寄せられた。お母さんだ。すると──……
「グウウウウウウウウッッッ!!!」
お母さんは私の肩に、噛みつこうとしていた。そう、お母さんはゾンビ化したのだ。
「ひぃっ!やめて……お母さん!私だよ?お母さんの娘の友加里だよ……!?」
そう言っても、お母さんは私に噛みつこうとするのを止めようとしない。白目を剥き、歯をカチカチと鳴らしながら、私に噛みつこうとする。
「ねえ!お母さん!やめて!お願い!お母さんっ!!!」
変わり果てたお母さんの顔の前で、私は大声で叫んだ。
すると……
「ァ”……ユ……ガ……ゆか……り?」
噛みつこうとしていたお母さんの口の動きが止まり、そのかわりにゆっくりと私の名前を……呼んだ。
「──……そう、だよ?そう!友加里だよ?お母さん!」
私はお母さんが正気を取り戻したと思って喜び、お母さんに抱きつこうとした──その時だった。
「ガウゥッ!!!」
お母さんは私に飛びかかり、私のことを押し倒した。
「──おかあ……さん?」
今度こそお母さんに噛まれる──……そう、思った……けど、違った。
「グウウッ……!」
お母さんは私のことを押し倒すと、体を捻らせて傍にいたゾンビの足に瞬時に飛びかかり転ばせそして、そのゾンビと揉み合い始めた。
「……お母さん……?」
「──……行って……ゆ…友加里。コのゾンビはワタしがオさえてルから。今のうチに……ハヤクッ!!」
「やだよ……おかあさ……」
「わカッテ、ユカリ!ワタシハもう、アナタノシルおかあサンじゃなイの!ダカラハヤク……イケ!!」
「ふ……うぅっ……!」
私は泣きながらシャベルを持ち、ゾンビとお母さんが揉み合う横を通り過ぎた。その時。
「……アイシテル……ユカリ……サヨ……ナラ」
そう、後ろからお母さんの声がした。
「……っ!!」
唇を噛み、私は全速力でその場から離れた。
お母さんの会社から出ようと、入り口に向かって走っていると。入り口の方から、大量のゾンビがゆらゆらと入ってきた。
「退けえええええ!!!!」
シャベルを振り回し、ゾンビ数体を一気に吹っ飛ばす。
「死ね!死ね!シネシネシネシネシネシネ!!キャハハハハハハハハ!!!!」
私は大量のゾンビを目の前にゲラゲラ笑いながら、シャベルをぶん回したり、シャベルの先で倒れたゾンビの体を執拗にバラバラに切り離したりした。
ゾンビの返り血を浴びながら。もとは人間だったゾンビたちを……私はばったばったと倒していった。
◼◼◼
「はぁ……はぁ……」
何分……いや、何十分か。ゾンビたちと戦い、やっとお母さんの会社から出られた。
ゾンビを何体倒したか、わからない。けど、シャベルの先端がグチャグチャになるくらい、たくさんのゾンビと戦いそして……ゾンビをバラバラにした。
ふらふらしながらお母さんの会社から出ると、私は道の真ん中で倒れた。ゾンビには噛まれてないけど……疲れた。
────……パラ、パラ……ザアアアア………
雨がパラパラと降り出してきて、うつ伏せに横たわる私に降り注いだ。
動き回って熱を帯びた体に降り注ぐ冷たい雨が、心地よい。それに、体に付着したゾンビの血や臭いが雨で洗い流れていくような感じがした。
けど──
悲しい記憶は洗い流れずずっと、私の中でぐるぐると巡った。
「……ふ…う、ぐぅっ!…おか…あさん…おかあさ…ん……」
うつ伏せに体を丸め、大雨に打たれながら。
涙と雨に流した───……




