これは、人殺しじゃない。
「ア”ー……ア”ァ”ア”ー……」
足を引きずったゾンビは私の姿を確認すると、歩く早さをさらに早めた。
「ひっ!でもこのくらいの早さ、逃げるのは余裕でしよ……──え?」
声と体を震わせつつも、立ち上がって逃げようとした時だった。グッと、ナニカに足を掴まれ、私はその場にしゃがみこんでしまった。掴まれた方の足を見ると、さっき私が内臓を踏み潰してしまった、腹が食い破られた男性の死体の手が、私の足首を握っていた。
「うそっ!?やだ!離して!!」
腹が食い破られた死体は、ゆらゆらとふらつかせながら上半身を起こす。腹から、紐状のものをダラダラと垂らし、それがぶらぶらと揺れていた。
「ひ、ひぃっ!離してよ!離せっ!」
足首を掴む手を振り払おうと必死にもがく。けど、屍のくせに握る力が強い。足を激しくじたばたさせても、なかなかほどけない。
「お願い、離して!」
私は握っていたシャベルを振り回し、足首を握る死体……ゾンビの顔を、カーン!カーン!と何度も殴った。けど、全然効いてる気がしない。そうこうしてるうちに、もう一体のゾンビがすぐそばまで迫ってきていた。
そして、私は──
「離せ離せ離せ!!離せって──……言ってるでしょ!?」
持っていたシャベルを両手で握り、それを足首を握るゾンビの腕に何度も思い切り振り下ろすと。
グシャッグシャッ!キイィィィィンッッ!!
シャベルはゾンビの腕を貫き、床に思い切り当たった。床に勢いよく当たったシャベルの衝撃が私の両腕にビリビリと伝わる。
ゾンビの手と手首をシャベルで切り離すと、まだ私の足首を握るゾンビの手を取って捨てた。
「よし!これで逃げれ───」
逃げようとした時だった。足を引きずっていたもう一体のゾンビが、倒れるようにして私に襲いかかり、私の肩を掴んで首もとに噛みつこうとした。
「やあっ!!もう、いい加減にしてよぉ!!」
私はゾンビの肩を掴み、体から引き離そうとする。けど、力が強くてなかなか引き離せない。首にゾンビの吐息がかかる。冷たくて生臭い吐息が、気色悪くて吐き気がする。カチカチとした歯の鳴る音が、だんだん私の首筋に近づいてくる。
「やめ、てっ!てばあぁっ!!!」
私はゾンビの肩に込められるだけの力を込めそして、ゾンビを体から引き離した。
「とにかく、このゾンビどもから離れない……と……」
オフィスルームの出入り口から出ようとした瞬間。もう一体のゾンビがヴ~と唸りながら、のそのそと入ってきた。
「うそ……でしょ?」
少し後退りする……けど、真後ろには、足を引きずったゾンビと、匍匐前進で向かってくる、腹を食い破られたゾンビの2体。
ゾンビ3体に、挟まれた。
「こうなったら……もう……」
手の震えを抑えるように、ぎゅっとシャベルを強く握る。本当はやりたくない……けど、やらなきゃ、私が殺られる。
もしかしたらいずれ、ゾンビ化が解けて人間に戻るかもしれない……なんて、低い可能性を考えると、ゾンビに過激な攻撃ができなかった……いや、人殺しになりたくなかったのが本音かな。
人殺しっていっても、もう、この人たちは人間じゃないし、人間に戻れないんだろうけど。それでも私はやりたくなかった。躊躇していた。けど──
「この人たちはもう人間じゃない……これは人殺しじゃない。これは人殺しじゃない。これは人殺しじゃない。これは人殺しじゃない。これは人殺しじゃない。これは人殺しじゃない。これは人殺しじゃない。これは人殺しじゃ……ないっ!!」
ぶつぶつとそんなことを呟きながら、握りしめていたシャベルを思いきりぶんまわし、襲いかかろうとしていたゾンビを吹っ飛ばすと。
「そうだよ……これは、人殺しじゃないんだあああああっっっ!!!」
そう叫びながら、ゾンビの眼球にシャベルの先を思いきり突き刺した。
◼◼◼
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
夏服の白いセーラー服が、返り血で真っ赤に染まる。
血だらけのシャベルを握る私の周りには、手足がちぎられ、頭の潰れたゾンビが転がっていた。
私が、殺った。
「……違う、これは、人殺しじゃない。私は殺人鬼……なんかじゃないから……」
ガランガラン!とシャベルを床に落とし、ぺたりとその場に座り込んだ。
「ねえ……お母さんどこにいるの?お母さん…私……もう、嫌……」
血塗れの手で顔を覆い、私は息を殺しながら泣いた……




