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また、猫になれたなら  作者: 秋長 豊
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5、黒猫の青年

 空雄は寝るのを諦めて居間に下り、冷蔵庫から牛乳をコップに注いだ。縁に唇をつけた時、カツッと犬歯が当たった。歯に触れてみると、犬歯の先端が異様にとがっていた。急いで洗面所の鏡で確認すると、他の歯と比べて犬歯だけが鋭く突き出ていた。


 がっくりきた。もう猫化は止まったのかと思っていた。体調は悪くないとみんなの前で言ったわりには、体の変化は目まぐるしい。このまま変化し続けて、もし本当の猫になったら? 考えただけでもゾッとした。


 午後11時40分。両親は自室にいるのか居間はしんとしていた。空雄は庭に面したベランダに出て空を見た。今の悩みがちっぽけに思えるくらい美しかった。月は雲に隠れて見えなかったが、風の行方次第では顔を出してくれそうだ。


 少し肌寒い春の夜に、どこからともなく鈴の音がした。暗闇に目を細めてみるも、どこから音がしたのか分からない。耳を澄ましていると、またチリンと音がした。薄く広がった灰色の雲が風に流され月が顔をのぞかせた時、家の屋根が柔和な白い光でキラキラと輝き、ここは束の間閉じ込められた箱庭みたいになった。


 みとれていたせいか、向かいの屋根に人がいることに気付かなかった。


 人は屋根から跳び出し、舞った。およそ人間の跳躍とは思えないきれいな弧を描いて。光に照らされたその姿は、一言で言うと”黒猫”。黒一色の髪に猫耳。周囲に同化する漆黒の着物、首には鈴の付いた赤い首輪。


 目の前で、さっきの鈴の音が響いた。


 青年は空雄の前にふわりと着地した。空雄はあっと息をのみ、至近距離に迫った青年の黄色い瞳から目をそらせなかった。


「ずっとこの時を待っていた」


 青年は笑顔で言った。




「あんたはこの町にすむ猫の神様、猫善義王ねこぜんぎおうの使い、白猫の白丸に選ばれ憑依された。猫を石に変える化け物、石男を滅ぼすための、猫戦士にするために」


 青年は迷いなく言い放った。猫の神様? 白丸に憑依された? 猫を石に変える化け物? この青年はいったい何を言っているのか。


「猫戦士の使命は石男を滅ぼすこと。俺とあんたがいれば、きっとこの長い戦いに終止符が打てる。だからともに猫神社まで来い!」


「待ってください」


 空雄は急き込んで言った。聞きたいことは山ほどあるが、まずは――「あんた誰?」である。この青年からは敵意が感じられないし、話せばちゃんと聞いてくれるタイプに見える。だから空雄は単刀直入に「あなたは誰ですか?」と聞いた。


橋本流太りゅうた。それじゃあ聞くけど、あんたは?」


「奥山空雄です」


 青年の名前がいたって普通なことに驚きつつ、どこか親近感も感じる。耳はあるけど、一応人……だよな? 念のため用心深く流太の顔を見た。


「あなたも同じなんですか? その、俺と」


「そうだね」


 流太はにゅるりと動く黒いしっぽをつかみ耳を指さした。


「俺もあんたと同じ猫になった人間。黒猫の黒丸に憑依された。憑依された人間はその時の記憶を失う。あんたにも、記憶はないだろ。だけど、猫がかんだ傷跡はあるはずだ」


 空雄は親近感を忘れ、変な汗をかいた。公園にいた一部の記憶がなくなっていたことに加え、右手に身に覚えのない傷ができていた。猫人間になったのは、確かその直後のはず。まさか、ここまで言い当てられるとは。


 流太は隠そうとした空雄の右手をつかんだ。


「この傷がそう。人間に戻るまで、消えることはない」


「人間に戻るまでって、どういうことですか?」


「俺たち猫戦士は、憑依されたその日を繰り返し生きている。そうだな、例えれば無限ループ。だけど記憶は積み重ねられる。午前0時が再生される時間だ。つまり、あんたは、午前0時を迎えるのと同時に、体は憑依された日に戻る。要するに――リセットだ」


 体が1日でリセット? 空雄は驚いた。今になって、猫に憑依されたという言葉がずしりと重くのしかかる。

「誰と話してるの?」


 母の声がした。ドキリとして振り返ると、寝巻姿の母と父が寝室から顔を出していた。空雄は慌ててカーテンを閉めたが、流太は構わず隙間から入ってきた。


「ちょっ、何してるんですか!」


「こんばんは」


 突然現れた猫耳の好青年に両親は沈黙、いや、撃沈。ややあって、母は流太に歩み寄った。父は慌てて引き戻そうとしたが、母はじっと流太のことを見た。流太はいわば、真夜中に突如現れた不法侵入者。普通なら警察を呼ぶか、追い返すかして当然なのに母はそうしなかった。何を思ったのか、流太の顔を両手で引き寄せると、


 むにゅっ

 むにむに

 

 猫耳を、もんだ。


 いきなり人の耳、しかも猫耳をもみもみするなんて! 空雄はひやひやしたが、母はいたって真面目だった。そんな恐れを知らない母を見た流太は思わず噴き出した。


「そんなに珍しい?」


「珍しいというか、まさか、空雄と同じような方がいるとは思っていなくて」


「普段は姿を見せない。俺がこうして、この姿で現れたのは彼を迎えにきたからだ」


「迎えに? 失礼。あなたはいったい誰なんですか?」父が尋ねる。


「俺は橋本流太。あんた方の息子を猫神社に連れていくために来た。彼は、猫善義王の使いである白猫の白丸に選ばれ猫戦士となった。もう、簡単には人間の姿に戻れない」



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