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また、猫になれたなら  作者: 秋長 豊
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4、あなた、話があります。

 母の言いつけに大きく反応したのは小春だった。


 やけにてんぱっていて、家中のクローゼットをあさり、帽子やパーカー、サイズの大きいズボンなどを山のように積み上げた。


 いろいろ試着してみた結果、やはり体格がいい父のパーカーとズボンが猫の部位を隠すのに適した。帽子だと耳がつぶれて痛いので、厚手のフードがあるパーカーと、しっぽがしまえるダボパン。ただ、しっぽは繊細なので家の中にいる分には出しても構わないだろうと思い、自由にさせておいた。


 1時間もしないで帰宅した母は、大きな買い物袋を三つも抱えていた。小春は袋から中身を出しながら整理した。空雄も手伝っていると、中から出てきたのはなんと、カリカリに猫草、刺し身にツナ缶、とにかく猫が食べそうなものばかりだった。こんなもの食えるかと言いたい気分だったが、自分が猫人間であることを自覚し、いや、案外おいしいのかもしれないと思った。半信半疑でカリカリを1粒食べてみると――


 カリッ、カリッと軽快な音が口の中に響く。おいしいと思う間もなく手が自然と次のカリカリに伸びていた。そこでハッとして、猫の本能に負けた気分になった。


「落ち込まないで、お兄ちゃん。新しいことが分かったと思えば。ね? カリカリはやめられない、とまらない、と」


 小春はすかさずメモに書いた。


「母さん、父さんには伝えたの?」


「途中で事故ったら大変でしょ。だから帰ってきてから話すわ」


 確かに息子が猫になったなんて緊急連絡が入れば混乱して当然だが、笑えない冗談だ。


「お兄ちゃん」


 小春が手を出してむっすりしている。視線の先を見ると、空雄の手に空のカリカリ袋があった。なんてことだ! 1袋全部食べていた。空雄は床に伸びてまた失望した。


「いくらなんでも食べ過ぎは駄目! おなか、壊しちゃうでしょ?」


 午後7時40分ごろ、父が帰宅すると家は物々しい空気に包まれた。テーブルに一つだけ載ったランプ。深刻な顔をして正座する母と娘。離婚届でも突き出されると思ったのか、父は印鑑を持って無言のジェスチャーを送った。


「印鑑は不要です」


 父は困惑しながらソファに座った。


「どうした」


「空雄のことで話があります」


 母は短く答えた。小春は母とうなずき合い、廊下で待機していた空雄の元に急いだ。


「お兄ちゃん、出てきていいよ」


 空雄は妹の合図で居間に出た。母は心の準備をさせようと、父に言葉の限りを尽くして説明しているところだった。空雄は父の前でゆっくりフードを外した。ランプの光に照らされた白い髪と耳があらわになり、父は驚きに目を見張った。


「母さんの言う通りだよ、父さん。朝起きたら、こんな姿になっていて。猫みたいなんだ」


 父は空雄の姿を見つめた。今、目の前にいるのは本当に自分の息子なのかと、そう確かめるように。


「耳はどこにいった。なくなってる。きれいさっぱり。空雄、どこも体は痛くないか? 具合悪いところはないか?」


 第一に体の心配をする父を見て、空雄は泣きそうになった。


「大丈夫だよ、父さん」


「なぜもっと早く連絡しなかった」


「お父さん、会社からとばしてくるでしょう? 危ないと思って」


 母は静かに言った。


「俺、こんなんじゃ学校にも行けないよ。どうしよう」


「仕方ない」


 父は空雄の目を見て言った。


「私は今、信じられない気分だ。それは空雄や小春、母さんと同じ気持ちだよ。でも、信じるしかない」


 この後、数時間におよぶ家族会議が開かれた。そこで空雄は公園で記憶を失ったことや、手に傷ができたことなど詳細に話した。話の焦点は主に二つ、病院に行くか、行かないで別の方法を探すか、だ。


「数日、家で様子をみよう。その間に、なるべく多くの情報を集める。病院へ行くのだって、どこがいいのかとか、しっかり吟味した方がいい」


 父の意見は最もだが、病院に行くことをためらう空雄はうつむいて考えた。病院に行くこと自体悪いことではない。むしろ、普通に考えればそうした方がいい。


 だが、好奇心の力をあなどってはいけない。今の世の中、情報が拡散すればあっという間に人生終了。こんな所に猫人間が住んでいると知れれば、近所の人たちも好奇の目を向けるだろう。そうすれば、居づらくなるのは小春たちだ。他に方法はないのか。頼れる場所が、病院以外に。空雄は歯がゆい気持ちで考えた。


 結局結論は出ないまま、空雄は自分の部屋に戻り背中を丸めて眠りについた。1人でいると強烈な不安に襲われた。これから先、自分の人生はどうなっていくのか。この猫みたいな耳としっぽを隠して生きていくしかないのか。


 空雄は布団をかぶって目をギュッとつぶった。かれこれ数時間そうしていた。最初は興奮で眠れないのだと思っていたが、どうやら違うらしい。目がさえているのは猫みたいになったからではないか? 猫は確か、夜行性だったような気がする。



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