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また、猫になれたなら  作者: 秋長 豊
35/60

34、超えてみろ

 遠くの空に特大の花火が打ち上がった。今頃、小春と母は肩を並べてあのきれいな大輪を間近に見ているだろう。空雄は膝をついて空を仰いだ。羞恥心もなく、ただただ行き場のない怒りと悲しみが目の奥を熱くし、大きな声を上げて泣いた。


 どれくらい時間がたっただろう。空雄は地面で横になっていた。頭がぼんやりする。花火の音も、もう聞こえない。背後から足音が聞こえた。


「なんで泣いてるの?」


 空雄は赤く腫れた目元を拭い、振り返った。何事もなかったように流太がいた。死にかけた生気のない顔も、血に染まった体も、全てが”ない”ことになっていた。あろうことか、笑っていた。今の空雄には不気味で、受け入れ難かった。気付けばぎりりと歯をくいしばり、流太の胸倉をつかんでいた。


「そういうあんたは、そのヘラヘラした笑い、やめろよ!」


 かみしめた歯の隙間から荒い息が漏れ、怒りに満ちていく。流太を前にして、悲しくて仕方ないはずなのに、生き返ってうれしいはずなのに、怒りを抑えられなかった。


「こんなの、おかしいだろ! きょう、死んだんだぞ! なんで、何もなかったみたいに、平気な顔して――いつも通り笑うんだ。ぜんぜんっ、笑えないんだよ!」


 流太は笑みを消した。


「最期に笑って死ねればいい。俺だって、そう思うよ。だけど、無理だろ。自分の心殺して、気持ちの伴わない笑顔浮かべてる今のあんたには。心は再生しない。代えなんて、どこにもないんだよ。何度死んだって、何度生き返ったって、俺たちの心は一つだ」


 体が激しく揺れた。黙って聞いていた流太が、顔に余裕をなくし、空雄を地面に押し倒し、鋭い敵意を向けていた。襟をつかむ流太の手を握り返し、空雄は血管が浮き出るほど強く力を込めた。


「一度も死んだことがないあんたに、何が分かる! 何もかも、ありのまま受け取って、そのたびに悲しめばいいのか。そのたびに、泣けばいいのか。だったら俺は、あと何回死ねばいい。あと――何回っ……」


 流太の声が小さくなっていく。


「一層、心も再生してほしかった」


 そう、ポツリと言った。


「傷ついた体が戻るように、心も、きれいに治って。だけど、そうはならなかった。そのまま残ったんだ」


 心がリセットされることはない。例え体が再生しても、何事もなく元通りになったとしても。そんなことは、流太だって分かっていた。 


「あんたのことなんて、何も分からない」


 空雄は言った。


「分からないから、知りたいんじゃないか。でも、言ってくれないと、分かんないよ。自分のこと、何も話さないで理解求めるなんて、ずるいじゃないか。分かってほしければ、心開けよ。

 初めて会った時からそうだ。何考えてるのか分からない笑顔浮かべて、最初からなんでもできたような顔して。だけど、これだけは今、はっきり分かったんだ。あんただけじゃない。みんなが苦しんで死んできたって。

 確かに俺は、生きてきた年数も、重ねてきた経験もちがう。それでも、あんたが俺に期待してくれたから、こんな俺でも、みんなを救えるかもしれないって……勘違いしちまったんだよ」


 空雄はずっと分かっていた。自分はまだ、守られる存在なのだと。分かっていたのに、いつか必ずみんなのために戦えるようになると、根拠のない自信をもっていた。もっと強く、いつか、なんて言葉に甘んじることなく、今を死ぬ気で生きなくてはならなかった。


 だから、だからこそ――


 空雄は立ち上がり、目を閉じ、すうっと息を吸って両拳を握った。白い光が立ちのぼり、引の風を起こす。


「ここで証明させてください」


 お互い、目をそらさなかった。流太は起き上がると真剣なまなざしを返し、拳を握った。


「超えてみろ」


 流太は言った。


「今ここで、この俺を」


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