アツシ宅にて
アツシ宅にて 2024/03/13 15時20分
「なんかザラザラしてる?」
怪訝そうな表情でベッドのふちに座ったアツシの右手がシーツの上の異物を感じとった。外は晴れ。窓が少し開いているのを確認したアツシは、少し舌打ちをするような仕草で「また閉め忘れてんな…」とぽつり。春特有の黄砂が閉め忘れた窓から入ってしまったようだった。アツシは洗面所に置いてある掃除機を出して、その異物たちを葬り去った。掃除機のスイッチを切った時、誰かに呼ばれたような気がした。辺りを見回したあと、時計を見た「15時20分」。トウコが来るにはまだ早い。アツシはふぅと息をしてから掃除機を元の場所に戻した。
その日はトウコと夕食を食べることになっていた。シフト勤務のトウコが来るまでにはあと一時間は十分にあった。アツシは平日の休みがほとんどで、もっぱら会うのはトウコが早出の日の勤務後。1LDKの割りに広いキッチンをトウコが気に入っていて、料理をよく作る。その時のトウコはよくしゃべるのだが、アツシはそんな時間が嫌いじゃなかった。炊飯器のタイマーをセットして、冷蔵庫からビールを取って、プルタブを開けながらソファに座った。この一人の時間も好きだった。
駅前の交差点 2009/04/15
いつものように駅前の駐輪場の横にあるベンチにアツシは座っていた。改札を出てくる人が見えるこの場所が好きだった。
「あ、すいません、、、」。唇の動きでそう言ってるのが分かった。
改札口をかき分けるように小走りで出てくるミサキが見えた。
「一本乗り遅れちゃって…」息を吐きながら申し訳なさそうに言うと、ちょこんとアツシの隣りに座った。
「帰らないの?」少し笑いながらアツシは言った。
上目遣いでアツシを見たかと思うと、自転車を取りに立ち上がった。
また少し笑いながらアツシはミサキの後に続いた。
二人はいわゆる恋人同士。同じ中学に通っていた。卒業の少し前にアツシが告白。一年と少し経っていた。駅からの帰り道、お互いの課外がない水曜日にだけ二人は自転車を押しながら帰るのが日課になっていた。その日も同じようになるはずだった…
駐輪場から先に出ていくミサキの背中を見ながら歩き出した。するとアツシは急に激しい衝撃に襲われ視界が閉ざされてしまった。何が起きたか分からなかった。耳を塞がれたように何も聞こえなかった。覚えているのは白い自動車が歩道に乗り上げた所で止まっていてボンネットから煙が出ていた。大勢の人がそのそばで何かを取り巻いている光景だけだった。