彼女が道に迷うワケ (現代恋愛あやかし風味)
目の前の光景を、2度見どころか3度以上は見直した。
ニタさんが――……、男と歩いている!
しかも、''相合傘''してる!!
そんでもって、歩いてる道が別空間にリンクしてて、一緒にいる男、人間じゃないんだけどぉぉぉ???
そぼ降る雨で視界が歪んでるとか、見間違いとかじゃ、なさそうだ。
どこからツッコんでいいのかわからなくなって、でも、とにかくけしからん状況だと、慌ててそっちに足を踏み入れる。
ニタさんらの前に立つと、相手の男は驚いたように僕を見、ニタさんからは笑顔が向けられた。かわいい。
「キダくん! こんなとこで、どうしたの?」
どうしたの。うん。こっちが言いたい。けど、聞いてもたぶん通じない。彼女は何も気づいてない。平静を装って、にこやかに答える。
「サンプル品が出来たって、連絡があったから。確認がてら取りに出てたんだ」
片手に持つ荷を、掲げて見せる。
「ニタさんこそ、外で会うなんて珍しいね」
ニタさんは、会社の同僚だ。職務柄、彼女が社外に出ることはあまりない。尋ねると、所用を言いつかり、関連の郵便物を出しに本局へ行った帰りだと教えてくれた。
「そうなんだ。……お知り合い?」
ニタさんの用より、気になる度MAXの隣の男に目を向ける。
パシッとスーツを着こなすモデル並のイケメン。
だが人外! 盛りに盛って化けてることは一目瞭然。
いくら妖異の雨とはいえ、昼日中から、女性をかどわかすとか。しかもニタさん狙うとか、ほう、ほう、ほう!
「あ、ううん、さっき局の前でお会いしたばかり。こちらの方、傘をお持ちじゃなくて、方向一緒みたいだったから」
それで、ニタさんが傘を差し伸べた、と。相変わらず行動天使か!
だが傘が必要なほどの大雨じゃないだろ。遠慮しろよ。いや、釣ってんだよな? 釣りだもんな? 目をつけた相手を誘い込むのが目的だもんな?
ニタさんは僕が先に目をつけている! 手を出そうとか、よくもやってくれたな?
思いを込めて視線をくれると、男は慌てたように、ニタさんに言う。
「じゃ、じゃあうちはすぐそこなので。ありがとうございました」
そのまま、そそくさと去って行った。や、睨んではない。凄んでもない。ニタさんの前で、そんなことはしない。ただ、そう、ちょっとピンポイントに脅しの空気を混ぜただけで。
歩き去った方向が、視認できないほどの闇なんだけど、ニタさんにはどう見えているのやら。たぶん、普通に街の細道として映ってる、かな。
展開にポカンとしてるニタさんを見る。
相変わらず、すんごいかわいい。大きな胸に遮られて、自分のつま先とか見下ろせないんじゃないかな、とか、つい余計なことまで考えてしまう。
と、ニタさんがぽつりと呟いた。
「速い……。おじいちゃんなのに、健脚よね」
「おじいちゃん?」
「え、ああ、ご年配の、方? でもあんなに細くてシワシワで……。ね、100歳越えてそうだったよね?」
「……!」
言い直してるけど。僕、別に"呼び"が失礼だとか指摘したわけじゃないよ。
そーか、そーか。ニタさんには、ヤツがお年寄りに見えたか。
気合入れて美形に見せかけてた意味、皆無。さすがはニタさん。霊位の高い彼女の前に、まやかしは通じない。エセイケメンは及びじゃない。
同情から思いっきり"道"に誘い込まれてる点では、一緒だけどな?!
老人に見えたせいで、警戒薄れたとか、逆に困るけどな??
「僕たちも社に戻る?」
さり気なく、"道"の軌道を元いた世界に合わせながら、ニタさんを本来の道に誘導する。
なぜかニタさんが迷う素振りを見せた。どした?
「えっと、ね。でももうお昼時間突入するから……どこかで、ランチ食べてから戻らない?」
ビクトリ――――――――――!!!
一気に勝利の鐘が打ち鳴らされる。
こっ、これは、もしやデートの誘い!! ニタさんから言われたの、はじめてじゃないか?
はっ、いや、違う。落ち着け僕。だが好感触なのは間違いない。デートとして楽しんで、デートまで昇格させ、そのまま恋人の座の足掛かりへ。一歩を繋げるチャンス!
このあたりで女子好みの美味しいお店は??
スマホを探る前に、脳内情報を網羅する。いまこそ弾けろ、電気シナプス、神経回路!
「いいね。何か食べたいものとかある?」
記憶の検索機能をフル稼働しつつ、尋ねてみる。
「う、うん」
なんだろう? イタリアン? エスニック? なんならホテルのコースだって、請け負いますけど?
「うなぎ……。夏だし、今日は"土用の丑の日"だから」
U・NA・GIィィィィィ???
思ってもない単語に意表を突かれつつ、そういやアチコチ、予約を促すのぼり旗やポスターだらけだ、と納得する。
まずい、"うなぎ"情報、持ってない。ニタさんと食べるんだ。牛丼屋やスーパーの"うなぎ"というわけにはいかない。
パニクってると、ニタさんが
「聞いた話なんだけど、この近くに美味しいうなぎ専門店があるんだって」
なる! それで"うなぎ"食べたくなったのか。よし、ここは乗っかろう。
「じゃあ、そのお店探してみよう。場所分かる?」
「たぶん」と頷くニタさんと共に、早速うなぎ屋さんを探すことにした。
◇
の、だが。
困った。うなぎ屋さんが見つからない。とっくに雨は止み、歩きやすくもなってるのに。
マップ検索でも、それらしいものが表示されない。隠れ家的なお店とか?
昼休みも残り僅か。僕はともかく、ニタさんは遅く戻るとマズイんじゃないかな。食べ損ねさせるわけにも……。そろそろ諦めて、何か別のメニューに切り替えないと。
「うなぎ屋さん、ないね」
「ご、ごめんね、キダくん。私、方向音痴で、場所の説明とかも苦手で。よく道間違えたり迷子になるの。通ったとこなのに、次行ったら見つからないとか、度々!」
「ああ、うん。平気だよ、全然。同じ道でも"行き"と"帰り"じゃ違って見えたりすることって、あるよね」
嘘です。その感覚はまるでわからない。でも迷う人はよくそういう。あと、目印にしちゃいけないものを目印にするらしい。
「そうなの! 行きと帰りは全く別の道になってる!!」
同意を得たことに、力強くニタさんが握りこぶしを作っている。
……ニタさんの場合は、本当に"違う道"に迷い込んでる可能性があるなぁ……。
さっきの件を思い出し、軽く嘆息する。
とはいえニタさん。実のところ精神体としてはかなり強力で。彼女の背には圧縮された高エネルギーが、視えない翼を成している。低位の雑魚妖なんか、無意識のまま蹴散らせる。
そんな相手なのに、光るものに惹かれる性で小物は近づきたがるけど……。
たとえ誘い込みが成功しても、最終、力技であるべき次元に帰還してそうだよなぁ、ニタさんって。チャチい異空間ごと弾き飛ばしてさ。
もしも何か絡めるとしたら、彼女の気持ちが相当弱ってる時くらいじゃないか。
僕? 僕はもちろん、そんなことは狙ってない。
悲しむニタさんなんて、もってのほか。
僕が欲しいのは、''もっと別のもの''だ。
でも、今日はタイムアウトだな。
「お昼は"うなぎ"、諦めよっか。教えてくれた人にもう一度詳しく聞いて、今度一緒に行こうよ」
抜かりなく、次のランチ約束をぶっこむ。
本当は今晩にでも本格"うなぎ"を誘いたい。午後時間があれば、情報集めも可能だ。
でも夜はまだ一緒にいたことない。なんせ僕のランクは、最近ようやく"ランチ友達"になったばかり。
どうする? 勇気を出して、言ってみるべき?
「……さっきのおじいちゃんなの」
「ん?」
「ほら、傘で一緒してたおじいちゃんに、うなぎ屋さんのこと教えて貰ったの。だから聞き直せないの」
「…………」
あ――い――つ――かぁ――――――!!
嘘吐いたか、何十年前かの情報か!! あいつら、時間軸テキトーだもんな。くそぉっ、無駄足踏ませやがって!!
見逃すんじゃなかった。シメてやれば良かった!!
それが最初に分かっていたら、こんなに店を探すこともなかったのに。
「さっきの人も、何か勘違いされてたのかもしれないね」
内心、どっと脱力しながら、ニタさんに言う。
責任感とガッカリ感で、ニタさんがしょんぼりしている。いかん、いかん。空腹は敵だ。"うなぎ"の夢破れたショックを緩和させないと。
「とにかく、何か食べようか」
急ぎの昼食になった。コンビニで買った軽食を、慌ただしくイートインコーナーで食べる。
思いがけずニタさんと歩けた。すっごく近い距離で、隣に座って食事が出来た。でもコンビニ食。NO うなぎ。
たぶんポイントは稼げてないよなぁ……。
そのまま一緒に社に戻り、それぞれの部署に別れる。別れ際の笑顔が救い。かわいい。
夕食……言い出せなかった…………。メールする? …………。
まずは"うなぎ"、探そう。
よく考えてみたら、"丑の日"なんて混んでて予約取れないんじゃないか? あれ? どのみち、昼は無理だった? あ、あれぇ。僕、舞い上がり過ぎてましたかネ?
◇
彼女の背には純白の翼がある。おいそれと手出しは出来ない、極上の存在。
たまらなく、好きだ。
じっくりと攻めて。いつか振り向いてもらえたら。
そうしたら。
僕の背中?
そんなの秘密に決まってる。消滅希望なら、見せてもいいけど?
お読みいただきありがとうございました♡
今回のテーマ。美味しい"うなぎ"が食べたい気持ちを込めました。たぶんそれしか詰まってない! うなぎ、食されましたか?ヾ(*´∀`*)ノ
『きみの背中の後ろには』https://ncode.syosetu.com/n3317hc/ 同キャラ。
主人公何なん? と、なるかと思います。また書くことがあれば、チラリチラリと出していけたら、と思っています。が、それ以前にこれのジャンルは何なのか。前回ローファンでした。今回、現実恋愛。……違うと思うんですが……わからない……。主人公、「かわいい」だけしか言ってないし。 ←そしてまたローファンにしてみる。
天理妙我様にリクエストして作っていただいたフェルトうなぎ♪
脂がのってて美味しそう!! でもうなぎの旬は本来"秋から冬"!
夏のうなぎは売れないので、土用の丑は販売戦略です。イェイ♪ しっかりのせられて、食べたいのです。
前作にも貼ったけど、大好評なのでココでも♪ 管澤捻さまにもらったニタさん。何度でも貼っちゃう(^▽^*)
管澤捻さまにデザインいただいたニタさんを私が描いたもの。難しい。特に胸がムリー(>□<)
主人公3案目……彼も迷走中