8 変わらぬ想い
ランレーリオはいつまでもロゼリンダの手を撫でていた。
ロゼリンダは急に恥ずかしくなってしまった。自分の手に落とされたランレーリオの視線があまりに艶かしくとろけるような視線なのだ。
ロゼリンダは、手を思いっきり引いて手を離そうとした。ランレーリオの手に力が入った。
離してくれそうにないと思ったロゼリンダは口を尖らせて拗ねた。
「手を離してちょうだいな。もう、やだわ、あの頃のわたくしと一緒になさらないでもらいたいわ」
ロゼリンダは、ランレーリオがお転婆だった自分の小麦色だった手のことを言っているのだと思い、プイッと横を向いた。
ランレーリオはクスクスと笑いながら、撫でていた方の手でロゼリンダの頬をプニッと突く。
「ん、もう!」
ロゼリンダは再び口を尖らせてランレーリオを睨んだ。そこにあったのは、愛おしい気に自分を見つめる優しい笑顔だった。
「ふふふ、ほらね、変わらない。そう、何も変わらない。あの頃のロゼのままじゃないか。そうだよ、変わらないんだ」
ランレーリオは、それが嬉しいとばかりに、『変わらない』と何度も呟く。そして、呟くたびに、目元が下がり優しくなっていく。
ロゼリンダは、そんな甘いランレーリオに堪えられなくなってきた。今まで、ランレーリオだけではなく、どんな殿方にもこんなことはされたことがない。
「レオがふざけるからでしょう!」
ロゼリンダが頬を膨らました。目は恥ずかしさに潤み、頬は紅くなり、声も少し震えた。
「ロゼはずっとかわいいね」
ランレーリオがロゼリンダをまるで眩しいものを見るかのように、目を細めて優しく見ていた。
ロゼリンダはさらに真っ赤になって俯く。もう何も言えなくなってしまった。
「ほらね、そういうところも変わらない」
ランレーリオはロゼリンダの手をギュッと握った。ランレーリオはロゼリンダの手をジッと見つめていた。
「ロゼ。僕の気持ちも変わらないよ。8歳の時、君と会えなくなってからも、ずっとずっと変わらない」
消え入りそう声のランレーリオは泣いているのではないかと思われ、ロゼリンダは顔を上げた。
「レオ……」
ランレーリオも顔を上げてロゼリンダと目を合わせた。ランレーリオの頬に一筋の涙が溢れた。
「ロゼは僕への気持ちは変わってしまったの?」
不安に押しつぶされそうな顔をしたランレーリオの涙は、一度溢れると止まらなくなった。それでも、ロゼリンダから視線は離れなかった。
ロゼリンダは、何度も左右に首を振った。それは『変わっていない』と言っていた。
それなのに、ロゼリンダの口からは、二人の関係が変わってしまったことを表すものであった。
「でも、わたくしの評判は変わってしまったわ。わたくしを娶るのは恥ずかしことなのですって」
ロゼリンダはランレーリオとは違う意味の涙を流した。せっかく、ランレーリオがずっと変わらないと言ってくれたのに、なんて自分は汚れてしまったのだろう。ランレーリオはずっとずっと美しいままだった。
ロゼリンダはその場から消えたくなった。
「ロゼ…………」
ランレーリオはロゼリンダの手を離した。そして、自分の顔も涙で濡れているのに、ハンカチを取り出し、拭いたのはロゼリンダの頬だった。
ロゼリンダは、ハンカチを持つランレーリオの手を握った。そして、拭いてもらえる立場ではないと、自分を否定するように小さく首を振り立ち上がろうとした。
「もう、どこにも行かせない……」
ロゼリンダの手首を掴むランレーリオの手は、今までのように優しいだけのものではなかった。涙が止まった瞳はロゼリンダを求めていた。
「レオ、まさか何もご存知ないの?」
ロゼリンダは戸惑いながら、座り直した。ランレーリオの将来に恥はかかせたくない。
『9歳で婚約破棄となり、さらには隣国の王太子に公の場で振られ、あげくに20も上の侯爵に嫁がされる令嬢』
あまりに高位貴族との醜聞なので、噂話もできないと考える子爵家男爵家は多く、同州の者でなければ知らなくても不思議ではない。
ランレーリオは公爵家なので、公爵家には噂話もできないとして、誰も話さないという可能性はある。なにせ、1つ目の醜聞はランレーリオ本人なのだから。
自分の口から言うのは嫌だが、説明しなくてはならないだろう。ロゼリンダは覚悟して、「すぅ」と、小さく息を吸い込んだ。しかし、ロゼリンダが口を開くより早くランレーリオが呟いた。
「全部知ってるよ」
優しい瞳に戻ったランレーリオは、言葉も優しく、今度はランレーリオの手でロゼリンダの涙を拭った。
「っ!」
ロゼリンダは吸った息をそのままのんだ。
「ごめんね、ロゼ。僕はそれをラッキーだと思っていたんだ」
ランレーリオは再び泣きそうだった。
「なっ! そんなっ!」
ロゼリンダは醜聞がラッキーだなんて聞き間違いかと思った。しかし、ランレーリオの顔は本気だった。ロゼリンダにはその真意がわからず、とても戸惑った。
「だって、僕は君を誰にも渡したくなかったんだもの……」
ランレーリオは自分の手をギュッと握って、それは悔やんでいるように見え、目はロゼリンダに助けを求めるように縋る瞳だった。
ロゼリンダは、尚更わからなくなった。
ランレーリオにとって、ロゼリンダの醜聞は、ロゼリンダを誰にも渡さないためのラッキーな1つのことでしかなかった。
「ずっとずっと会えなくて、学園の入学式に君を見つけた時の僕の気持ちがわかるかい?」
ランレーリオは目を潤ませてロゼリンダの両肩にそっと掌を乗せた。ランレーリオの必死さに、ロゼリンダはびっくりしていた。もっともっと冷静で、もっともっとロゼリンダに無関心だと思っていた。
「君はこんなに美しくなってしまって、誰かに見初められてしまうかもしれないとどれだけ慌てたことか」
ランレーリオは、ロゼリンダの肩に触れたまま、目をキュッと瞑り、入学式のロゼリンダを思い出していた。ロゼリンダを見つけるまでの不安は今でも忘れられない。
「レオ……。わたくしを探していてくれたの?」
ロゼリンダは、手でランレーリオの膝に触れた。ランレーリオはロゼリンダを脅しているような体制である自分に驚いて、ロゼリンダの肩から手を離して慌てて少し離れた。
今度はロゼリンダが近づいてきて、ランレーリオをジッと見ていた。
ランレーリオは、恥ずかしくなって下を向いてしまった。
「当たり前だろ!」
ランレーリオは、少し怒り気味になってしまった自分の声にびっくりした。落ち着こうと思い、目を瞑った。しかし、『こんなに愛しいのに! こんなに好きなのに! こんなに会いたいのに!』あの時の気持ちがフラッシュバックする。
「すごく探したのにどうしても見つけられなくて……不安で、不安で、不安で。
もしかしたら、ロゼのおば様がいる東方の国へでも行ってしまったのかと心配したんだっ!」
ランレーリオはあの時の気持ちのまま、ロゼリンダに訴えた。涙が再び溢れてきた。
「でも入口から君が入ってきて、すぐに僕の目は釘付けになって……」
ランレーリオは、その時のロゼリンダの姿を思い出すように目を閉じた。学園の衛兵が開けたドアから優雅に歩きだすロゼリンダの姿が、昨日のように思い出された。8年会っていなかった愛しい人は、予想を上回って美しかった。
ランレーリオは目を開いて、ロゼリンダと目を合わせて両手をロゼリンダの頬に当てた。ロゼリンダは、右手をランレーリオの手に重ねた。左手はランレーリオの膝に添えていた。
「僕は、君を見つけたんだ。僕がロゼを見逃すはずがないんだって、自分で笑ってしまったほどだよ」
ランレーリオは泣き笑いしていた。
「嬉しい……」
ロゼリンダが頬を染めて美しく笑顔になった。ランレーリオの左手に、頬をそっと傾け、ランレーリオの手のぬくもりを味わった。
〰️ 〰️ 〰️
しばらくして、ランレーリオは冷たいお茶をメイドに頼んだ。二人は体を寄せ合い微笑みながらそのお茶をいただいた。
メイドは、ボトルにおかわりを持ってきて、嬉しそうな笑顔でその場を辞した。二人の蟠りは薄れているが、話足りないだろうと考えたのだ。
ランレーリオもメイドが下がるのを止めなかった。
10年分の思いはこんなものではない。
「ロゼは、笑顔を見せすぎなんだ……」
いきなりのケンカ腰にお転婆の虫が騒いだ。
「レオ、どうゆうこと?」
甘い雰囲気は消し飛び、ロゼリンダは、拳3つ分、ランレーリオから離れて頬を少し膨らませ上目遣いで睨んだ。
ランレーリオは、それをチラリと見た。あまりの可愛らしさに抱きしめたくなる。ランレーリオはうずうずしたが、それより、今は言いたいことがあるのだ。我慢我慢と念じる。
「君に色目を使っていた子爵家がどれだけにくらしかったか……」
ランレーリオは、心を鬼にしてロゼリンダに注意するつもりだった。
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