7 クレメンティの言葉
昼休みに教室に戻ってきたクレメンティは怒りをあらわにしていたが、それをいなすのも令嬢としてのテクニックだ。
「クレメンティ様。心配しておりましたのよ。具合でもお悪いのですか? わたくしの王都のかかりつけ医をお呼びしましょう」
ロゼリンダの美しい顔は本当に心配しているように少しだけ歪ませていた。
「いや、とても元気だよ。ただ、とても困ったことになってね」
クレメンティが鋭い目付きで自分の席へと行き、立ったまま後ろを向いてロゼリンダと対峙する形になった。エリオも自分の席の椅子のところに立ち、クレメンティとエリオの間にイルミネとベルティナが立った。
ロゼリンダの方には、フィオレラとジョミーナがロゼリンダの左右に立っている。
「困ったこと? まさか、ベルティナ様に何か言われたのですの?
ベルティナ様。いくらセリナージェ様とお仲がよろしくても、婚約者のいる者に手を出すことをお認めになってはいけませんわ」
ロゼリンダは一人で勝手に結論を出して、エリオの後ろにいるベルティナを軽く睨んだ。
ロゼリンダがベルティナを睨むのを尻目に、クレメンティが小さくため息をついてロゼリンダに問いかけた。
「誰に婚約者がいるのかな? 僕はロゼリンダ嬢との婚約話はキチンとお断りしたよ。ピッツォーネ王国からだと連絡が遅くなっているのかもしれないね」
背の高いクレメンティは見下ろすようにロゼリンダを睨む。
「それにしても、確定もしてない話で僕の大切な女性を傷つけるのはやめてもらいたいな。セリナージェに嘘の話をするのは今後一切やめていただきたい」
クレメンティはみんなの前で『クレメンティにとってセリナージェが大切な女性である』と堂々と宣言した。
「なんですって!? わたくしを嘘つき呼ばわりなさるおつもりですの?」
ロゼリンダは公爵令嬢として育てられているので、怒鳴ったりはしない。でも、屈辱とばかりに少しだけ声を荒げていた。
「違うのかな?」
クレメンティはさらに煽る。
「婚約は家同士の話ですのよ。それをあなたの気持ちがどうのという問題ではありませんでしょう!」
ロゼリンダは震える口調であった。
「残念だけど、僕の両親は僕の気持ちを優先してくれるよ。それにもし、優先されないのであれば、僕は爵位を弟に譲り文官として生きていくさ。
これでも、伝手も能力もあってね。文官としてでも困らない地位はすでに約束されているんだ。そういう意味ではセリナージェを迎えることに家は問題にはならないよ」
「そんなことできるわけ……」
ロゼリンダには爵位を簡単に捨てられる物のように言い切ったクレメンティが信じられなかった。今までロゼリンダが気にして気にして止まなかった爵位。クレメンティはそれをまるで『おまけ』として付いているもののように言う。
ワナワナと震えながら、ロゼリンダが言葉を紡ごうとしたとき……
「ロゼ、もうやめるんだ!」
声をかけてきたのはランレーリオだった。
「レオには関係ありませんわ。口出ししないでくださいませ!」
ロゼリンダは頭が熱いまま叫んだので、ランレーリオを愛称呼びしていることに気が付かなかった。二人が元婚約者であることはあまり知られていない。『婚約破棄された少女ロゼリンダ』それだけが醜聞としてみなの記憶にあるだけだ。前国王陛下がしたことであることということさえも噂には登っていない。
それにも関わらずお互いに愛称呼びであることは、クラスメイトの理解を越えていた。
「いや、関係あるよ。僕はクレメンティ君の話を聞いて目から鱗だったよ。僕がこの考えに気がついていれば、ロゼをこんなに苦しめなかったのに。ごめんね」
「レオには、関係ないと申し上げておりますでしょう! わたくしは地位に見合った殿方と婚姻せねばならないのです。それが、公爵家に生まれ、公爵令嬢として生きてきたわたくしの義務ですのよっ! あなたにわたくしの苦しみなどわかるはずがありませんわっ!」
ロゼリンダの目にはもうクレメンティは映っておらず、ランレーリオを睨んでいた。ロゼリンダは公爵令嬢らしからぬほど大きな声であった。
「宰相の妻であれば、ふさわしい地位といえるだろう! お祖父様が僕たちのことを反対されるなら、僕は爵位はいらないさっ。
だけど、君を得るため宰相には必ずなる。爵位は弟に譲り、公爵家の分家として領地を統べず、王都で暮せばいい。
ロゼ、どうか僕を支えてほしい。僕が安らげるのは君の隣だから」
ランレーリオの突然の告白に、クラスの全員が黙った。理解もできていないので、口出しもできないし、冷やかすこともできないし、コソコソと噂もできない。ただ、見守ることしかできなかった。渦中のクレメンティでさえも。
ロゼリンダはしばらく呆然としていたが、ランレーリオを見たままハラハラと涙を流し、そのまま外へと行ってしまった。ランレーリオが追いかけた。
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ランレーリオは廊下でロゼリンダにすぐに追いついた。そして、ロゼリンダの手首を掴み、そのまま外へ出た。そして、学園の馬車に飛び乗った。上からロゼリンダの手を引く。ロゼリンダも拒否はしなかった。
「デラセーガ公爵邸まで頼むよ」
ランレーリオの指示で二人を乗せた馬車は走り出した。
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デラセーガ公爵邸に着くと、玄関ではすでに執事が頭を下げて待っていた。ランレーリオがロゼリンダの手を引いて歩く横を執事がついてくる。
「僕の部屋にお茶と軽食。その後は人払い」
ランレーリオが執事にテキパキと指示を出す。
「女性の方と二人きりのお部屋の人払いはいかがなものかと?」
執事は小さく俯きしっかり苦言を呈す。
「君たちが外に漏らすわけがないだろう。問題ない。それに、そんなことまではしないよ」
ランレーリオはすごい発言を真面目な顔で言った。執事も真面目な顔で受け止めた。
「畏まりました」
すぐにすべて用意された。
ランレーリオとロゼリンダは、ランレーリオの部屋のソファに並んで座っている。手はまだ繋いだままだ。
「ごめんね、学園ではまた君の醜聞になってしまうかもしれないからね。ここが1番いいと思ったんだ」
ランレーリオはロゼリンダの方を向いて膝をぶつけるように近くにいた。先程執事に向けた顔と違い、気遣わし気で、自信なげで、こちらが謝りたくなってしまいそうだ。
しかし、放心状態のロゼリンダにはそんな表情は何の効果もなかった。
「はい」
ロゼリンダは、心ここにあらずで返事をした。
「お茶をいただこうか?」
それでもランレーリオはロゼリンダに笑顔で話かける。
「はい」
ランレーリオは一旦ロゼリンダの手を離し、ソーサーを持ち上げた。まるでそれに従うようにロゼリンダもソーサーを持ち上げる。ランレーリオは、ロゼリンダの様子が気になって、カップは持つものの口へ運ばなかった。
ロゼリンダは、放心状態のままお茶を一口口にして、テーブルにそっとカップとソーサーを置いた。ロゼリンダの視線はそのまま、カップに縫い付けられていた。恐らく何も写っていないだろうけど。
お茶を置くと、ランレーリオは再びロゼリンダの右手を左手でとった。今度は指と指を絡ませる繋ぎ方になった。ランレーリオの離さないという意思表示のようだ。
ランレーリオは、ロゼリンダの目に生気が戻るまで、ずっと、そのロゼリンダの右手を右手で撫ぜていた。
しばらくしてロゼリンダが小さな声で呟いた。
「レオったら、先程から何をしてらっしゃるの?」
ランレーリオは嬉しくなってロゼリンダの右手を両手で包み込んだ。
「ねぇ、ロゼ、こうして手をつなぐのも久しぶりだね」
「え? あ? ええ、そうですわね。……10年ぶりですわね」
ロゼリンダが包まれている手をジッと見ていた。ロゼリンダはこんな大きな手を知らないと思った。ランレーリオが大人になってしまっていることを実感して、恥ずかしくなって手を引っ込めたくなった。
しかし、指を絡めるように繋いだ手は簡単には離れず、離すつもりのないランレーリオが再びロゼリンダの手をゆっくりと撫ぜた。
ロゼリンダがビクッとした。ランレーリオは、そんなロゼリンダに優しく笑顔を向けた。そして、再び手に目を落とす。
「ロゼの手って、こんなに真っ白だったっけ?」
ランレーリオもまた、10年という時の長さを感じていた。一緒に木をタッチした可愛らしくて、プクプクしていたはずの手を思いだす。
しかし目の前には、指先までキレイに磨かれていて、真っ白な雪のような肌で、その肌はどこまでもスベスベで、指は細く小さく、全体的に妖艶に輝いているような手があった。
『この手を誰かに取られなくて本当によかった』
そう感慨深く思ったランレーリオは、ロゼリンダの手をゆっくりと指一本一本を愛おしいそうに撫ぜていった。
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