6 ライバル視
爽やかな顔をしたランレーリオが食堂室にいたメリベールの前に座った。メリベールは昼食中であった。
「あら? 随分と精悍になったわね」
「今の僕には僕のことしかできないからね。まずは、ロゼを取り返せるような男になるよ」
ランレーリオはピクリとも笑わずに答えた。メリベールは、少しは大人になったランレーリオを見て嬉しくなった。
「それで? どうするの?」
メリベールは母親としての微笑を浮かべていた。午前中、ランレーリオが久しぶりの剣の稽古に汗を流しているのは知っていた。
「今は夏休みだからね、ロゼに対しては何もできない。だから、父上に仕事を教わることにしたんだ」
ランレーリオは、キレイな所作でも急いで食べていた。
「お仕事?」
「うん!王城の文官さんを紹介してくれるそうなんだ。あ、あと、今週から、語学の家庭教師も来ることになってるから」
メリベールが執事を見ると、執事はニッコリとして、頷いた。
今までとやっていることは同じようだが、決意は多少変わったのだろう。今はそれで良しとする。
メリベールは、ランレーリオが『いざとなったら他国にでも攫っていく!ロゼを口説くのはそれからでもいい』などと、物騒なことまで考えていたことまでは思いつかなかった。
「ロゼには、クレメンティ君ではなく僕を選びたいって思わせるから。公爵令息としても、ね」
男としてロゼリンダへの気持ちは負けていないことは、自負しているランレーリオだった。
「いってきます!」
とっとと食事を済ませたランレーリオは颯爽と出ていった。
「なら、わたくしも、用意をいたしませんとね。ふふふ」
執事が顔を青くしている横を笑顔のメリベールが出て行った。メリベールは、自室へ戻り手紙を書いた。
執事は、悩んだ末に、旦那様には報告しないことに決めた。デラセーガ公爵家もアイマーロ公爵家も、実権は奥方が握っていた。
使用人たちは、全員それを心得た上で、旦那様を立てていた。本当に優秀な使用人たちであった。
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ロゼリンダのところには、ガットゥーゾ公爵家からの返事は届かぬまま夏休みが終わった。
そして学園生活が始まってみると、クレメンティとセリナージェは以前にも増していい雰囲気の関係になっていた。
ランレーリオは少しホッとしていた。クレメンティがここまであからさまにセリナージェを大切にしておきながら、ロゼリンダに手を出すような不誠実な男には見えなかったからだ。
「外交部になるなら、尚更、高位貴族のご令嬢を二股するなんてしないだろう?」
廊下を仲良く歩くクレメンティとセリナージェの背中を見て、ランレーリオは呟いた。そしてその少し後ろを歩くイルミネに目を向けた。
「となると、公爵家とのつながりは彼の仕事か? あちらの国は爵位の譲渡があるようだからな」
クレメンティたちの国ピッツォーネ王国は、高位貴族がいくつもの爵位と領地を持っていることは普通にある。
とにかく、クレメンティだ、イルミネだ、ピッツォーネ王国だと、迷子になっているロゼリンダをどうやって守るか、ランレーリオには、まだ答えが見つかっていなかった。
まあ、イルミネについては、ランレーリオの妄想だが。
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そしてその頃、ロゼリンダは、クレメンティとセリナージェの仲の良さにもう我慢ができない心境となっていた。
『これ以上、お二人がこの状態をみなさんに晒し続けると、
『セリナージェ嬢のオサガリをもらったロゼリンダ』とか、
『セリナージェ嬢からオトコを奪ったロゼリンダ』とか
醜聞が上乗せされてしまうわっ!』
と、ロゼリンダは焦った。
そこで夜、寮の女子談話室にセリナージェを誘った。
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ロゼリンダは友人のフィオレラとジョミーナを連れて、女子談話室で待っていた。二人はクラスメイトの伯爵令嬢である。
セリナージェとベルティナが談話室へ入ってきて、ロゼリンダたちのテーブルへ来た。そして空いている席に並んで座る。
「セリナージェ様、ベルティナ様。お時間をいただいて、ごめんなさいね。でも、これ以上放っておくことはセリナージェ様が悲しまれることになると、わたくしは心配でなりませんの」
眉尻を下げて話すロゼリンダは、セリナージェを本気で心配していた。
「そういうの、今はいりません。何のご用件なのかはっきりしてください」
セリナージェは苛立ちを隠さないで少し声を荒げていた。
「現在、わたくしのアイマーロ公爵家と、クレメンティ様のガットゥーゾ公爵家で、話し合いが持たれておりますの」
ロゼリンダはセリナージェの荒らげられた声に反応して、少し鼻をあげて見下すようにセリナージェを見た。
「それが? 何か?」
要領を得ぬ話し方にセリナージェはさらに苛立った。フィオレラとジョミーナはニヤニヤしてベルティナを見ていた。
「話し合いの内容は、クレメンティ様とわたくしとの婚約の日程について、ですのよ」
セリナージェは驚いているようで反応はなかった。
「まあ! ロゼリンダ様! おめでとうございます!」
「ステキですわぁ。お二人は誰が見てもお似合いですもの。羨ましいですわぁ」
フィオレラとジョミーナが大袈裟に喜んでロゼリンダへお祝いの言葉を紡ぐ。
「そんなこともありませんけど」
ロゼリンダが手を口元に当てて口角をあげた。目線は下にして照れているようだ。
「ロゼリンダ様、この頃、ピッツ語のレッスンを始められたそうですわね」
ピッツ語とはクレメンティたちの国ピッツォーネ王国の言葉だ。大陸共通語というものもあるが、それを話せる平民は王城務めの文官だけだろう。ピッツォーネ王国の王都に住むだけでも、市井ではピッツ語しか通じないだろう。
ちなみに、この時点でセリナージェとベルティナは、大陸共通語とピッツ語はすでにほぼマスターしていた。
3人はそんなことは知らないのだ。
「まあ! ロゼリンダ様は淑女の鑑ですわねぇ!」
2人の太鼓持ちはまだ続く。
「あちらでは、当然、必要になりますもの。夫を支えるのは妻の役目ですわ」
「「まあ! ステキ!」」
3人はさもクレメンティとロゼリンダが明日にでも結婚するかのように盛り上がっていた。ロゼリンダはふと反応しないセリナージェを見た。
「とにかく、そういうことでございますので、これ以上、セリナージェ様にはクレメンティ様にお近づきにならないでいただきたいの。よろしいかしら?」
ロゼリンダはセリナージェの様子がおかしいのは承知の上で確認した。
セリナージェは俯いたまま動かない。
「そうだわ、クラスのお席も変わっていただいたらいかがかしら?」
現在の席はクレメンティたちの後ろの席がセリナージェたちだ。
「まあ! フィオレラ様それはよろしいですわね。明日から早速そういたしましょう」
「セリナージェ様。お席をお譲りいただいてもよろしいかしら」
フィオレラとジョミーナは執拗に追い打ちをかけた。
『カタン!』
セリナージェが立ち上がった。
「ご自由になさってください! わたくしはこれで失礼しますわっ!」
セリナージェはそう言って、足早に談話室を離れた。ベルティナが急いでセリナージェを追いかけていった。
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翌朝、ロゼリンダはジョミーナに手を引かれクレメンティの後ろの席に座った。その席は昨日まではセリナージェの友人ベルティナの席であった。そして、昨日までセリナージェが座っていた席にはフィオレラが座った。
しかし、クレメンティは後ろの席にロゼリンダがいることを知りながら、振り向いてもくれないし文句も言ってこなかった。まさに無関心であると、クレメンティの背中は言っているように思えた。
そこに、始業時間間際に、ベルティナが教室に入ってきた。セリナージェはロゼリンダの話がショックだったのだろう。いつも一緒にいるベルティナと一緒ではなかった。
そこで動いたのは、クレメンティではなく、クレメンティの友人のエリオだった。エリオはベルティナ右手首を掴んだ。そして、クレメンティと同じ留学生イルミネに指示を出した。
「イルミネ、僕とクレメンティとセリナージェとベルティナは、1、2時限目は休む。さらに、遅れるようなら臨機応変に頼んだよ。クレメンティ、お前は、僕と来るんだ」
そう言って、エリオはベルティナの手を繋ぎ直し、ずんずんと引っ張って教室を出ていった。クレメンティもエリオとベルティナを走って追いかけた。
3人はそのまま昼休みまで戻ってこなかった。
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