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5 公爵令嬢としての覚悟

 ランレーリオがメリベールにお仕置きされている頃、アイマーロ公爵家でも母親が子供と向き合っていた。


 キャロリーナはロゼリンダを部屋のお茶に誘った。


「ロゼちゃん、このお話は本当に進めていいの?」


 あくまでも淑女の笑顔で波風たてることなく質問をするキャロリーナ。


「お母様、わたくしは地位に見合った殿方と婚姻せねばならないのですよ。それが、公爵家に生まれ、公爵令嬢として生きてきたわたくしの義務です。お祖父様にもそう言われて参りました」


 それに対して、ロゼリンダは硬い口調に険しい顔で全く余裕が見受けられない。貫禄の違いか若さの違いか。


 だが、確かに公爵令嬢として、ロゼリンダはそう育てられてきた。キャロリーナは少し悲しくなった。キャロリーナはそれは古いしきたりだと思っている。平民では困るが、例えば同州の子爵や男爵ならいくらでもフォローしてやれるのだ。


 キャロリーナは、ロゼリンダとランレーリオのことに関してだけは、祖父のことを怒っていた。さらに最近、どちらが悪くてもいいじゃないかというような、幼稚なケンカであることが判明したので、尚更怒っている。

 それでも、もちろんのこと、顔には出さないし今まで口にも出さないでいた。


 しかし、ロゼリンダからクレメンティの話を聞いたとき、そろそろのんびりもしていられないと思った。万が一、ガットゥーゾ公爵家が本気になった場合、こちらから手紙を出してしまっているのでそれなりの理由が必要になる。まさか、ロゼリンダにこんな条件だけなら満点の話が飛び込んでくるなどとは、思っていなかったので少し慌てていた。

 まあ、それでも、握りつぶすけど。


「そのお祖父様が、あなたに合う婚姻の邪魔をしていらっしゃると思うのだけれど?」


 ロゼリンダは、キャロリーナが言う『あなたに合う婚姻』がランレーリオのことであるのは、キャロリーナの今までの言動からよくわかっていた。


「レオの話でしたらわたくしはもう聞きたくありません!」


 ロゼリンダの口調は強く余裕がない状態であった。


「あら? どうして?」


 キャロリーナは、極普通の会話をしているかのように優雅にソーサーからカップを持ち上げた。 


「レオは学園でもとってもモテていて、わたくしのことなど気にもしておりませんわ」


 ロゼリンダは悲しげに目を下げた。ロゼリンダの残念なところは、そうしている自分を冷静に分析できないところだ。自分の立場は分析できても、自分の気持ちは分析できない。


 『ランレーリオが好きではないからこの話をしたくない』と一言でもロゼリンダから言われれば、キャロリーナはいつでもこの話を打ち切るつもりでいる。


「あら? そうなの?」


 キャロリーナは、そのつもりで、ここ2年間学園でのランレーリオのことは何度も聞いている。それなのに、ロゼリンダは『ランレーリオがロゼリンダに興味を持たないからだ』というのだ。それってことは…………。


「そうですわ。昼食はいつもいつも違う女子生徒と一緒ですの。最近のお気に入りは1年生の子爵令嬢ですわね。デレデレしたお顔で楽しそうにしていますわ」


 確かにランレーリオの相手は変わっているようだが、問題はロゼリンダがそれを一回一回相手をチェックしているということだ。本当にランレーリオを気にしていないのなら、無視しておけばよいものを。


 キャロリーナはため息を小さくしてソーサーをテーブルにおいた。


「それはつまり、ロゼちゃんはレオちゃんのことを気にしているということではないの?」


 キャロリーナは、下から覗き込むように小首を傾げてロゼリンダの顔を見た。


「まっ!! そ、そんなこと、ありませんわっ! 学生食堂で、たまたま見かけただけですわっ!」


 鈍感なロゼリンダにキャロリーナは眉を下げて困り顔になった。毎度なのだが。


「そ、それに、わたくしがクレメンティ様と食事をしていても、少しも気になさっている様子はございませんでしたもの」


 ロゼリンダは慌てて言い訳するが、言い訳がすべて『ランレーリオを気にしている』というようにしかキャロリーナには聞こえない。


「あら? レオちゃんがヤキモチ焼いたか確認したのね」


 母親としての優しい笑顔で確認する。


「ち、違いますわよっ! たまたま隣のテーブルでしたのよ! こちらのことは、チラリとも見ておりませんでしたわ」


 ロゼリンダは、手をキュッと握りしめて悔しそうで悲しそうであった。ここ2年、キャロリーナはこうして言い続けているのだが、ロゼリンダの自覚は目覚めない。


「あらまぁ。でも、悪いのはロゼちゃんでも、レオちゃんでもありませんものね。お義父様に何も言えない旦那様が悪いのですものね」


 キャロリーナはシャンと姿勢を正した。


「もう、これでロゼちゃんが本当に隣国へ行ってしまったら、わたくしも隣国へついていきますわ」


 その言葉に、壁に控えていた執事が姿勢を正した。だが、教育のいきどどいている執事なので、ここでの話は旦那様であるゼルジオにも伝わることはないだろう。


「お、お母様、本当に?」


 ロゼリンダが少しだけホッとしたような表情になった。さすがに1人というのは不安だったのだろう。


「当たり前です! かわいい娘をたった一人で隣国へなど、行かせません。もし、旦那様がわたくしに反対なさったらわたくしにも考えがあります」


 キャロリーナは、口角をキレイに上げた。さすがに、これは旦那様に報告か??と執事が悩んだ。それを、すっと察したキャロリーナは、執事を見て、もう一度、ニッコリ笑った。


 執事は、口が裂けても、旦那様に報告しないことを心に誓った。


「!!! お、お母様…??」


 キャロリーナの『考え』に、ロゼリンダは少し戸惑った。



〰️ 〰️ 〰️


 ランレーリオはロゼリンダのことが気になって、夏休みどころではなかった。いつもは領地へ帰りゆっくりと過ごすのだが、万が一、ロゼリンダとクレメンティが逢瀬を重ねているなんてことになっていたら、死にたくなる。


 その思いで、父親に調べてほしいとお願いしたが、妻メリベールがキャロリーナと連絡をとってまでランレーリオの味方であることを知らないコッラディーノは難色を示した。


父上ナルディーニョが大反対なのは知っているだろう?

それに、ロゼリンダ嬢の醜聞もだ。

ロゼリンダ嬢にそのようないい話があるのなら、応援すべきではないのか?」


「応援…………?」


 母親の言葉を上回る父親の言葉に、ランレーリオは顔を白くして絶句した。


「その留学生とやらと、ゼルジオ殿が親しく仕事をしているのは、王城でよく見かけるしな」


 宰相であるコッラディーノは、さすがに王城の政務についてはほぼ全てを把握している。そう、家庭内のことを把握していないことが不思議でならないほどに優秀なのだ。

 コッラディーノは、ランレーリオの気持ちを察せず言葉を続けた。


「彼らは王城に勉強に来ているんだよ」


「べ、勉強ですか?」


 ランレーリオは、ただの留学生だと思っていたので、王城での勉強には驚いた。


「そうだ。あちらの国には外交部がなく、王族が全てやっているそうだ。そろそろそれでは手が足りないのだろうな」


 それはそうであろう。最初は仲良くしましょうという取り決めだけで良かろうが、国が繋がれば、輸出入もある。自国が困った時の買い付け、相手が困った時の支援、新商品のやり取り、国境部の警備、それらを王族だけではやりきれないし、決めきれない。


「暇を見つけてはよく勉強に来る勤勉な青年たちだぞ。外交部の基礎を作るらしいからな、余程優秀な人材たちなのだろう」


 ランレーリオは倒れたくなった。なんてロゼリンダにぴったりなお相手なのだろうか。心が揺らぐ。


「外交部ということで、ゼルジオ殿と一番やり取りをしているな。ゼルジオ殿ももちろん彼らを気に入っているのは、見ていてよくわかる。あの青年たちなら、誰であろうとロゼリンダ嬢を幸せにしてくれるだろう」


 とうとう、宰相コッラディーノからのお墨付きまで出た。ランレーリオはフラフラとコッラディーノの執務室を後にした。


「もし、クレメンティ君がセリナージェ嬢を選んだとして、エリオ君もベルティナ嬢を選ぶだろう。…………では、イルミネ君はどうなんだ?」


 ライバルはクレメンティだけではないようだ。イルミネは伯爵家だ。さらにコッラディーノの話では、外交部を作るなどというすごい仕事を任されているようだ。イルミネが次男であっても、爵位を賜るほどの実力者ということもありえる。


 ランレーリオは、1週間、部屋から出て来なかった。ベッドの中のランレーリオの手には色の薄くなったリボンが握られていた。

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