4 ランレーリオの傲慢
キャロリーナはメリベールに手紙を書いた。
そこには、ロゼリンダとその父親ゼルジオが、クレメンティのガットゥーゾ公爵家に接触しているというものだった。
メリベールはそれを読んで、息子ランレーリオに探りを入れてみた。
二人でサロンでのお茶など久しぶりだ。メリベールはそんなものを楽しむつもりなどなく、率直に話をはじめた。
「隣国から留学生が来ているそうね。随分と美しい殿方らしいけど、ロゼちゃんは心動かされてないかしら?」
息子相手にもかかわらず、扇まで用意しているメリベールは戦闘態勢バッチリだ。
社交界に出ていないランレーリオにはそんなことに気がつくことはないのだが。
メリベールは扇を閉じたまま口元を隠して目線を強調し、苛立っているとアピールしている。
「ああ、クレメンティ君たちだね。確かに4月あたりはロゼも声をかけたりしていたかな?でも最近、クレメンティ君とセリナージェさんがとってもいい雰囲気なんだ」
メリベールの苛立ちに気が付きもしないランレーリオは優雅にお茶を飲み始めた。
「セリナージェさんって侯爵様のご令嬢だったわね?」
メリベールはわざと『侯爵』を強調した。
「? そうだよ。クレメンティ君はロゼといても楽しくなさそうだし。んー……、大丈夫だろう?」
メリベールの変な強調に気がついたものの、何が言いたいのかはわからない。メリベールの顔をよく見るため、ランレーリオはソファーに深く座った。
「まあ! 呆れた。そこまでわかっていて放っておいているの?」
メリベールはランレーリオを睨んだ。メリベールは違う意味で怒りを顕にした。どんな男性からであっても、楽しくなさそうにされて嫌な気分にならない女はいない。
そんな女の気持もわからない息子に、メリベールはイライラを隠さない。
「そこまで知ってるから、放っておいているんだよ」
ランレーリオは平気な顔をしていた。
「あなたが男として未熟だということが、今、よぉくわかりましたっ! ロゼちゃんがどうのという話など、まだまだ先のお話ね。まずはそのお子様考えをどうにかなさい」
怒鳴るでもないメリベールの言葉は母親からの優しさ溢れる助言ではなく、明らかに軽蔑を込めた淑女からの助言であった。
ランレーリオは深く座っていたソファーから身を起こして、淑女の視線を受け止めた。悔しいが、淑女から見た自分は子供なのだろうとは理解したが、どこを聞いてそう判断されたのかが、ランレーリオの頭脳をもってしても考察できない。
「紳士ならどうするだろうというのです?」
ランレーリオは素直に教えを乞うた。
「つまらないと思われているかもしれない女の子が傷ついていないと思うのですか?
貴方は好きでもない相手になら『つまらない男ね』と言われても傷つかないのですか?」
ランレーリオは目を伏せた。確かに、紳士ならその場に助け舟を出してやるべきだったのかもしれない。だが、それでもしクレメンティとロゼリンダが上手くいくようなことになってしまっては、元も子もない。
なんでも簡単にこなしてしまうランレーリオがこのように悩むのはいいことだと、メリベールは判断し、これ以上の淑女からの助言は止めておくことにした。
「それから!」
メリベールの言葉にランレーリオは顔を上げた。
「家同士の話になったら公爵家の方が力があるのは、わかるわよね?それに、公爵家のご子息なら家のための婚姻がありえることも、理解なさっているでしょうねぇ」
メリベールはわざとランレーリオを脅した。
「何?家って?」
ランレーリオは訝しんで眉を寄せた。
「その、クレメンティ君もロゼちゃんも公爵家、セリナージェさんは侯爵家だってこと、よ」
ランレーリオは先程、メリベールが強調していた言葉の意味を少し理解し、イライラしているのがわかる。
メリベールは立ち上がった。
「クレメンティ君の気持ちはともかく、ガットゥーゾ公爵家としては他国の公爵家のご令嬢と他国の侯爵家のご令嬢なら、どちらを嫁にと望むのかしら?
あちらのお国ならロゼちゃんの醜聞もないでしょうし、ねぇ」
メリベールは立ち上がっている状態で扇を広げ、思いっきりランレーリオを見下ろした。ランレーリオがロゼリンダの醜聞を虫除けだと思っていることを知っていた。
「公爵の名前を使って脅すの?」
ランレーリオは学園では絶対に見せないような顔であった。上目遣いで眉間に皺を寄せプルプルと震えている。
「あら? あなただって、公爵になってロゼちゃんを無理矢理引っ張ろうと考えているじゃないの?」
そんなことを母親メリベールに、いや、誰にも話したことのないランレーリオは目を見開いた。
メリベールのランレーリオを軽蔑するような視線は変わらない。
「あなたがロゼちゃんにしようとしていることよ。ロゼちゃんが、父親の名前を使ってクレメンティ君にしたとしても、あなたに文句は言えないでしょう?」
メリベールはランレーリオの返事を聞かずにクルリとドアに向いた。そして、恭しく執事が開けたドアを胸を張って部屋を出た。
自室に戻ったメリベールは、クレメンティとセリナージェのことをリリアンナに報告する手紙を書いた。
それを受け取ったリリアンナは、ロゼリンダとクレメンティはうまくいかなそうだと判断して、夫の行動も放っておくことにした。
ランレーリオはロゼリンダに何もできずに少し不安を持ったまま、夏休みになってしまった。
紳士として未熟なのは理解したが、どうすればいいのか誰にも相談できなかった。
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ロゼリンダたちが夏休みに入り2週間ほどしてから、ガットゥーゾ公爵家から返信があった。『ガットゥーゾ公爵家としては喜ばしい申し出である。早速息子クレメンティに確認するので、待っていてほしい』との返事だった。
ロゼリンダは心からホッとした。そのロゼリンダを見たリリアンナは、この婚姻がロゼリンダを幸せにするものだとは思えなかった。リリアンナは『ロゼリンダはホッとしているが、喜んでいるわけでない』と、思ったのだ。
リリアンナはガットゥーゾ公爵家からの手紙について、メリベールへ手紙を書いた。
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メリベールは、再び、ランレーリオをお茶に呼んだ。
「今度は何です? 僕の考えはまだまとまっていませんし、いきなり紳士と言われても、どうしたらいいのか、答えは出ていませんよ」
ランレーリオは座って数秒でまくしたてた。それをまくしたてるほど余裕がなくなっているのだという、自覚はなかった。
やはり、淑女メリベールからみれば、ランレーリオはベイビーだった。だが、考えてはいるようなので、それはよしとして放って置くことにした。
「あら、大丈夫よ。わたくしから見てもあなたはベイビーだもの。紳士としての行動を望んでないわ」
ランレーリオはイライラするが、何も言えず拳を握りしめて耐えた。
メリベールはそうやって耐えることも紳士の勉強だと考えていた。
『顔に出しているようではまだまだ甘いですけどね』
メリベールは心の中でほくそ笑んだ。
「最近、社交界で話題になっていることがあるのよ」
メリベールのいきなりの話題替えに、ランレーリオはポカンとした。
「隣国の公爵様は、我が国の公爵家のご令嬢との縁談に乗り気なようなの」
これは社交界の噂なのではなく、もちろん、キャロリーナからの手紙だ。だが、キャロリーナとメリベールが手紙のやり取りをしていることは、旦那様である公爵も知らない。お互いに信頼できるメイドにお願いしているのだ。
だが、ガットゥーゾ公爵家からかなり前向きな返事が来ていることは本当だ。まあ、メリベールとキャロリーナは、万が一の時にはどんなことをしてもその縁談は握りつぶすつもりだが。
社交界に出ていないランレーリオは顔を真っ青にさせた。
「な、なんで……そうなった……?」
「だから、言ったでしょう? アイマーロ公爵様がロゼちゃんを思って、ガットゥーゾ公爵家にお手紙をしたら、前向きなお返事がいただけたそうよ」
「うそ……だろ……? だって、クレメンティ君は……」
「まだそんなこと言っているの? 公爵家に育っているのに貴族の義務を知らないなんて恥ずかしい子息を他国留学させるわけないじゃないの」
ランレーリオは自分も公爵令息だ。思い当たることが多すぎる。公爵家の子息なら、自分の気持ちより家の命令を優先させることは、当然だと育てられている。
ランレーリオは頭を抱えてテーブルに伏した。
「ロゼちゃんは随分とキレイになっているでしょうねぇ」
メリベールは二人が8歳の時からロゼリンダに会えていない。
「公爵令嬢としてもしっかりとした考えを持っているでしょうねぇ」
メリベールはランレーリオの後頭部を見て口角を上げた。
「才女のロゼちゃんだもの。隣国へ嫁いでも何の問題もないでしょうねぇ」
ランレーリオがバンと立ち上がった。メリベールはその時にはすでに真顔だ。さすが熟練の淑女である。
ランレーリオは何の挨拶もせずサロンを後にした。
「まあ、挨拶もできないなんて、あきれるわねぇ。教育のし直しね」
メリベールがチロリと執事長を見れば、執事長は「コホン」と小さく咳をした。
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