3 ロゼリンダの醜聞
ロゼリンダも学園に通うような年齢になれば、自分の立場を正確に理解するようになる。
ロゼリンダが1年生の夏、侯爵家から婚姻の申し込みがきた。それがなんと20歳も年上であった。子供がいるどころか、息子の嫁は妊娠中だという。つまり、じじぃだ。
この侯爵は『行かず後家になる前にもらってやるのだ』と社交場でも豪語していた。その侯爵州は、数年前に山から銀が出土し、景気が急激に上がっていて、資産だけなら公爵家を上回っていた。
ゼルジオ・アイマーロ公爵は、そのじじぃ侯爵から婚姻の申し込みが来た時、あいにく国内にいなかった。帰国してすぐに断りを入れた。
それにも関わらず、侯爵がすでに豪語したために、公爵が否定すればするほどロゼリンダの醜聞はさらに上乗せされてしまった。
『9歳で婚約破棄となり、さらには隣国の王太子に公の場で振られ、あげくに20も上の侯爵に嫁がされる令嬢』
ロゼリンダの醜聞は留まること知らず、貴族間に轟いていく。
侯爵家との婚姻の話はランレーリオも知ることとなった。
ランレーリオは祖父ナルディーニョから『私が孫たちの婚約解消はありえないと(当時の)国王陛下に進言したにも関わらず、(当時の)外交大臣である(当時の)アイマーロ公爵が勝手に婚約破棄にした』と聞いていた。
それからロゼリンダにかかる醜聞は少しは気にしていた。しかし、『自分が公爵になったら強権を用いてロゼリンダと一緒になるのだっ!』と強い決心で、学園生活に望んでいた。侯爵家とロゼリンダの噂も『ロゼリンダに悪い虫がつかないなら、問題なし』と考えていた。
ランレーリオの中では、走っているロゼリンダの後ろ姿を余裕で追っている気持ちであった。
まさか、当のロゼリンダが大変心傷つき、結婚に対して悲観的で悲壮感あふれ、余裕のない考え方になっているなど、全く思っていなかった。
そう、前を走るロゼリンダは苦痛の表情で顔を歪めていたのだ。
ロゼリンダが、この時昔のように後ろを走るランレーリオの顔を見れば、ランレーリオにもロゼリンダの苦しさが伝わったかもしれない。
〰️
学園でのランレーリオは、真面目だがイイヤツで笑顔を絶やさず成績もいつも2位で、優秀な上にモテた。
お相手としても、同州の子爵家からの釣書、多少年齢を上下した侯爵家伯爵家からの釣書が殺到していた。ランレーリオの気持ちを知っている母親デラセーガ公爵夫人メリベールは、それを無理強いすることはなかった。
ちなみに、いつも成績1位なのは才女の男爵令嬢ベルティナ嬢である。生真面目で優秀な彼女とはいいライバルとして切磋琢磨しており、科目によってはランレーリオの方が上のものもあるのだ。
〰️
ランレーリオの気持ちを知っている母親メリベールは、友人としてアイマーロ公爵夫人キャロリーナにロゼリンダの様子を聞いてみた。
その手紙には、どれだけメリベールがロゼリンダを心配しているかが書かれていた。そして、ロゼリンダはとてもいい子なのだから、醜聞など無視していろと、強気な言葉でロゼリンダの母親キャロリーナを励ましていた。
メリベールがロゼリンダに悪いイメージは何も持っていないことを知り、キャロリーナはロゼリンダとランレーリオの婚約の復活を考えた。そして、夫ゼルジオ・アイマーロ公爵に相談した。娘ロゼリンダがかわいい公爵は、すぐに父である前アイマーロ公爵にその話をした。
しかし、ロゼリンダの祖父は反対した。
「ロゼリンダを他国に売り、自分の地位を確実のものとしようとしたのはデラセーガ公爵だぞっ! そんな家にかわいい孫娘をやれるものかっ!」
つまり、アイマーロ公爵家では、デラセーガ公爵家が先に婚約破棄をしたがったと伝わっている。
「私が孫たちの婚約解消はありえないと(当時の)国王陛下に進言したにも関わらず、(当時の)アイマーロ公爵が勝手に婚約破棄にした」
デラセーガ公爵家では、アイマーロ公爵家が婚約破棄をしたと伝わっている。
だが残念なことに、真実を知っているはずの前国王陛下は王位を退位してまもなく離宮にてお隠れになってしまったので、どちらが正しいことを言っているのかは永久にわからない。
お隠れになった理由さえも定かではない。
ただわかっているのは、公爵家の祖父同士は決別状態であるということだけだ。
〰️ 〰️ 〰️
ランレーリオの母親メリベールとロゼリンダの母親キャロリーナは、ランレーリオとロゼリンダがうまくいってくれることを心から望んでいた。なので、他家の茶会で顔を合わせては相談し、前公爵が王都にいない間は手紙のやり取りをし、いつ好転してもいいようにと動いていた。
母親キャロリーナが、そうやってどうにかデラセーガ公爵家との関係修復をと考えていたことなど、ロゼリンダは何も知らなかった。
〰️ 〰️
ロゼリンダが結婚相手について悩んでいるまま、学園の3学年になった。その始業日、ロゼリンダにとって希望の天使が大きな体で現れた。
隣国ピッツォーネ王国からの留学生3人は、クレメンティ・ガットゥーゾ公爵令息、イルミネ・マーディア伯爵令息、エリオ・パッセラ子爵令息だと名乗った。
隣国の公爵家の令息クレメンティ。ロゼリンダの醜聞を知らず、ロゼリンダと爵位の合う男子生徒。ロゼリンダにとっては
理想的なお相手であった。
だが、どうやらこの3人は、ロゼリンダとランレーリオのクラスメイトであるセリナージェ侯爵令嬢たちと知り合いのようだ。クレメンティの一言で、学園の案内役をセリナージェ侯爵令嬢とベルティナ男爵令嬢が行うことになるほどであった。
それでも、公爵家の立場を使って昼食の案内係をすることを教師たちに認めてもらった。
ロゼリンダと友人のフィオレラとジョミーナ、そしてクレメンティたち留学生3人の男子生徒で昼食をとることになった。フィオレラとジョミーナは大変よく喋り、留学生3人は、それにはきちんと答えてくれるので、それなりに楽しい時間を過ごせた。
しかしそれもつかの間、ある日、クレメンティたち留学生が昼食に学生食堂へ現れなかった。ロゼリンダたちはその理由をクレメンティに聞きに行った。
「ロゼリンダ嬢、大変申し訳なかったね。留学の内容について、3人で先生に呼ばれていたんだ。これからも先生との話し合いが昼休みになりそうだから、僕たちのことは気にしなくていいよ。君たちのお陰で学食を使うことにも慣れたし。どうもありがとう」
クレメンティに断られたが、確かに先生の部屋に昼食が運ばれていくのを時々見かけるので、ロゼリンダは何も言えない。
これが雨の日だけであったことは、ロゼリンダは気が付かなかった。3人は晴れの日には、学園の芝生でセリナージェとベルティナとともに昼食をとって親睦を深めていたのだった。
〰️ 〰️ 〰️
昼食の時間をクレメンティと過ごすのはあきらめた ロゼリンダは週末に何度もクレメンティを誘った。しかし、クレメンティは『王城に政務に行かねばなりません』と言う。『政務』と言われればそれ以上は無理を言えない。ロゼリンダはクレメンティと親交を深める手立てに苦慮していた。
それなのにある日を堺に、クレメンティとセリナージェの様子が明らかに恋人同士のような雰囲気になっていた。
しかし、ロゼリンダもその頃から慌てることはしなくなった。
ロゼリンダはすでに、父親ゼルジオへクレメンティという存在の話をしていたのだ。クレメンティが『王城で政務をしている』と言っていたのは、本当らしい。外交大臣であるゼルジオは、確かにクレメンティたちに仕事について様々な教授をしていた。
父ゼルジオは、クレメンティの真面目そうな人柄を気に入っていた。
『娘ロゼリンダも気に入っているようだしこれは自分が一肌脱ごう』
そう考えたゼルジオは、ピッツォーネ王国のガットゥーゾ公爵にクレメンティとロゼリンダの婚約を示唆する手紙を書いた。
それを聞いたロゼリンダは、ガットゥーゾ公爵家とアイマーロ公爵家の話になったのだと判断した。
ご意見ご感想、評価などをいただけますと嬉しいです。
毎日、午前中に更新予定です!